メトグルコ®
メトホルミン塩酸塩
主な適応症
- 2型糖尿病
- 食事療法・運動療法で効果不十分な場合
- 他の糖尿病薬との併用療法
⚡ 30秒でわかるメトホルミン
開発の経緯
1957年、植物由来成分から開発されたビグアナイド系薬剤
インスリン以外の経口薬が求められた時代に開発。同系統の他剤は副作用で撤退したが、メトホルミンだけが67年間生き残った。
作用機序
主に肝臓での糖新生を抑制する薬
①肝糖新生抑制(主作用)②インスリン感受性改善 ③消化管からの糖吸収抑制。インスリン分泌に依存しないため低血糖リスクが低い。
臨床での位置づけ
2型糖尿病治療の第一選択薬として世界的に推奨
ADA/EASD国際ガイドライン、日本糖尿病学会ともに第一選択薬。世界で年間1億人以上、日本でも処方率70%超。特に肥満・過体重患者では最優先で使用される。
他の薬との違い
体重を増やさない唯一の古典的経口薬。低血糖リスクが極めて低く、心血管イベントを36%減少させる。月薬価約200円と経済的負担も最小。
作用機序の詳細(薬理学基礎)
主作用:肝糖新生抑制
AMPキナーゼ(AMPK)を活性化し、肝臓での糖新生を抑制。空腹時血糖値を効果的に低下させる。
インスリン感受性改善
筋肉・脂肪組織でのインスリン感受性を改善。グルコースの取り込みを促進する。
消化管での作用
小腸からの糖吸収を遅延させ、食後血糖上昇を抑制。GLP-1分泌促進作用もある。
低血糖を起こしにくい理由
インスリン分泌を直接刺激しないため、単独使用では低血糖リスクが極めて低い。
よく見る処方パターン
※ 最も多い併用パターン。DPP-4阻害薬との組み合わせで血糖管理強化。
※ SGLT2阻害薬との併用。体重減少効果も期待でき、心血管・腎保護作用あり。
※ SU薬との併用。低血糖リスクに注意し、SU薬は低用量から開始。
一緒に処方される薬TOP3
- DPP-4阻害薬(ジャヌビア®、トラゼンタ®) - 低血糖リスクが低く安全性が高い組み合わせ。高齢者でも使いやすい。
- SGLT2阻害薬(フォシーガ®、ジャディアンス®) - 心血管・腎保護効果を期待。体重減少効果もあり。
- スタチン系薬剤(クレストール®、リピトール®) - 糖尿病患者の脂質管理。心血管イベント予防のため併用頻度高い。
⚠️ メトホルミンの重要な副作用
乳酸アシドーシスについて理解しよう
乳酸アシドーシスとは:血中の乳酸が蓄積して血液が酸性に傾く状態です。
発生頻度:1万人に0.03例(極めて稀)- フェンホルミンより1000倍以上安全
なぜ起こるのか?
- メトホルミンが体内に蓄積
- 主に腎機能低下時に発生
- 脱水・造影剤使用時も注意
予防のポイント
- 腎機能の定期的チェック
- 体調不良時は服薬相談
- 造影剤使用時の休薬
- 適切な水分摂取
薬学生へのメッセージ:適切に使用すれば安全な薬です。禁忌・注意事項を理解し、患者さんへの服薬指導に活かしましょう。
🚫 絶対禁忌
- 腎機能高度低下 - eGFR <30の場合は使用不可(メトホルミンの90%が腎排泄のため)
- 重度心不全・肝不全 - 乳酸アシドーシスのリスクが高まる
- 急性疾患時 - 重症感染症、脱水、ショック状態
⚠️ 重要な注意点
- 造影剤使用時 - 48時間前から中止、腎機能確認後再開
- 手術時 - 全身麻酔24時間前から中止
- アルコール多飲 - 乳酸アシドーシスのリスク増加
🍽️ 服薬指導のポイント
- 必ず食後に服用 - 消化器症状(下痢・悪心)の軽減
- 体調不良時は相談 - 発熱・下痢・嘔吐時は乳酸アシドーシスリスク
- 定期的な腎機能チェック - 年2回以上のeGFR測定が推奨
💡 薬学生のよくある疑問
- Q: 「なぜビグアナイド系で唯一生き残った?」
- A: フェンホルミンと比べて乳酸アシドーシスのリスクが1000倍以上低く、安全性が証明されたから。1976年のフェンホルミン販売中止後も、メトホルミンだけが使用され続けています。(詳しくは研修編で)
- Q: 「乳酸アシドーシスって何?」
- A: 血中の乳酸が蓄積して血液が酸性に傾く危険な状態。メトホルミンでは極めて稀(1万人に0.03例)だが、腎機能低下時は注意。初期症状は悪心・嘔吐・腹痛・呼吸困難です。
- Q: 「なぜヨード造影剤で48時間休薬?」
- A: 造影剤が腎機能を一時的に低下させ、メトホルミンの排泄が遅れて乳酸アシドーシスのリスクが上がるため。造影剤使用前48時間から中止し、腎機能確認後48-72時間後に再開します。
なぜ25年間世界の第一選択薬なのか
歴史的背景:1976年フェンホルミン事件でビグアナイド系全体が敬遠される中、1998年UKPDS試験でメトホルミンだけが死亡率を減少させることが判明。以来25年間、揺るぎない第一選択薬の地位を維持。
1. 安全性の圧倒的蓄積
1957年の承認以来67年間の使用歴。特に1998年以降は世界中で爆発的に処方が増加し、累計数億人での安全性確認。乳酸アシドーシス発生率は1万人に0.03例と極めて稀。フェンホルミンと比較して1000倍以上安全。
2. 効果の確実性
HbA1c 1.0-1.5%低下の安定した血糖改善。耐性現象がなく長期間効果維持。インスリン感受性改善により根本的治療に近い。
3. 心血管保護(UKPDS試験)
1998年UKPDS試験で革命的結果:全死亡36%減少、糖尿病関連死42%減少、心筋梗塞39%減少。「メトホルミンは命を救う薬」という認識転換。
4. 体重中性
他の多くの糖尿病薬と異なり体重増加しない。肥満糖尿病で特に重要。AMPK活性化による代謝改善効果。
5. コストパフォーマンス
1日数円という圧倒的経済性。開発途上国でも使用可能な民主的薬剤。日本でも医療費削減に貢献。
6. 全薬剤との併用可能性
作用機序の相補性により全ての糖尿病薬と併用可能。肝糖新生抑制は他剤と重複せず、67年間で重篤な薬物相互作用報告なし。効果の予測可能性が高く、併用時も安定した効果。
7. UKPDS試験後の確固たる地位
1998年UKPDS試験で死亡率減少を証明後、「メトホルミン・ファースト」原則が世界中で確立。新薬が登場しても基盤薬の地位は不変。長期使用での耐性なし、効果減弱なしという稀有な特性。
🇯🇵 日本独特の処方文化
44年間の承認遅延が生んだ特殊事情
1. SU薬中心主義の長期継続
- 日本発のトルブタミド・グリベンクラミドの成功体験
- 1957-2001年の44年間、SU薬が事実上の第一選択薬
- 「血糖を下げる=インスリン分泌促進」という固定観念
2. フェンホルミン事件のトラウマ
- 「ビグアナイド系は危険」という先入観が44年継続
- 欧米で標準治療となっても日本は導入拒否
- 厚生省の極めて慎重な姿勢
2001年承認後の急速な普及
導入期(2001-2005年)
慎重な導入、限定的使用。医師の経験不足と患者の不安。学会主導での安全使用講習会。
普及期(2006-2012年)
2007年ガイドラインで第一選択薬に格上げ。UKPDS追跡データの継続的発表。腎機能・造影剤制限の段階的緩和。
確立期(2013年〜現在)
処方率70%超で名実ともに第一選択薬。SGLT2阻害薬等の登場でも地位不変。ジェネリック普及で経済的優位性拡大。
💊 他剤との相乗効果メカニズム
メトホルミンは全ての糖尿病薬と相性が良く、それぞれの組み合わせで独特の相乗効果を発揮します。ここでは各薬剤との併用で生まれる相乗効果のメカニズムを詳しく解説します。
メトホルミン + SGLT2阻害薬
相乗効果のメカニズム:
- 肝糖新生抑制(メトホルミン)+ 尿糖排泄(SGLT2)で二重の血糖低下
- AMPK活性化 + ケトン体産生で心筋エネルギー代謝改善
- 体重減少効果の相乗作用(1+1=3の効果)
臨床的利点:心不全入院30%減少、腎機能悪化25%抑制、体重3-5kg減少
推奨患者:心血管疾患既往、腎機能軽度低下、肥満
メトホルミン + DPP-4阻害薬
相乗効果のメカニズム:
- 基礎血糖低下(メトホルミン)+ 食後血糖抑制(DPP-4)で24時間安定
- インクレチン増強がメトホルミンの消化器症状を軽減
- 両剤とも低血糖リスク最小で安全性の相乗効果
臨床的利点:血糖変動幅40%減少、低血糖なし、忍容性良好
推奨患者:高齢者、腎機能中等度低下、血糖変動大
メトホルミン + GLP-1受容体作動薬
相乗効果のメカニズム:
- 肝糖新生抑制 + グルカゴン分泌抑制で肝臓への二重作用
- AMPK活性化 + 食欲抑制で強力な体重減少(5-8kg)
- 心血管保護効果の相乗作用(MACE 20-30%減少)
臨床的利点:HbA1c 2.0-2.5%低下、体重5-8kg減少、心血管イベント減少
推奨患者:高度肥満、心血管リスク高、インスリン導入回避希望
メトホルミン + SU薬
相乗効果のメカニズム:
- インスリン感受性改善 + インスリン分泌促進で相補的作用
- メトホルミンがSU薬の体重増加(2-4kg)を相殺
- SU薬の用量を最小限に抑えることで低血糖リスク軽減
臨床的利点:即効性、安価、体重増加抑制
注意点:低血糖リスク管理、SU薬は低用量から開始
メトホルミン + インスリン
相乗効果のメカニズム:
- インスリン感受性改善でインスリン必要量30-50%削減
- 体重増加(3-6kg)を1-2kgに抑制
- インスリン用量減少により低血糖リスクも軽減
臨床的利点:インスリン単位数削減、体重管理改善、医療費削減
実践的アドバイス:インスリン開始時は必ずメトホルミン継続
🎯 併用療法の実践的選択
相乗効果のメカニズムを理解した上で、患者の背景に応じた最適な併用薬の選択と、段階的な治療強化の実践的アプローチを学びます。
患者背景別の併用選択指針
- 肥満患者:SGLT2阻害薬 or GLP-1受容体作動薬を優先
- 高齢者(75歳以上):DPP-4阻害薬で安全性重視
- 心血管疾患既往:SGLT2阻害薬 or GLP-1受容体作動薬必須
- 腎機能低下(eGFR 30-60):メトホルミン減量 + DPP-4阻害薬
- 経済的制約:SU薬低用量併用でコスト最小化
現代的治療アルゴリズム
段階1:メトホルミン単独療法
目標:HbA1c <7.0%
期間:3-6ヶ月で評価
用量調整:500mg→1000mg→1500mg(最大2250mg、腎機能による制限あり)
効果判定:HbA1c 1.0-1.5%低下を期待
段階2:2剤併用療法
メトホルミン + 以下から患者因子に応じて選択:
+ SGLT2阻害薬
適応:心血管・腎保護重視
効果:HbA1c 0.5-0.8%低下、体重2-3kg減少
特徴:心不全・腎症に保護効果
+ DPP-4阻害薬
適応:安全性重視、高齢者
効果:HbA1c 0.5-0.8%低下、体重中性
特徴:低血糖リスク最小
🚨 フェンホルミン乳酸アシドーシス事件:ビグアナイド系薬剤の光と影
1950-1960年代:ビグアナイド系の黄金時代
画期的な糖尿病治療薬の登場
- 1957年:メトホルミン承認(フランス)- 「効果は穏やかだが確実」
- 1959年:フェンホルミン承認(アメリカ)- 「最も強力な血糖降下薬」として脚光
- 1960年代:世界中でフェンホルミンが第一選択薬に
フェンホルミンが選ばれた理由
- 強力な血糖降下作用:メトホルミンの2-3倍の効果
- 即効性:数日で血糖値が明確に低下
- 体重減少効果:肥満糖尿病患者に特に人気
- 経口薬:インスリン注射を回避できる画期的な薬
「フェンホルミンこそが糖尿病治療の未来」という楽観的な雰囲気が医学界を支配。メトホルミンは「弱い薬」として軽視される。
1960-1970年代:最初の警告サイン
散発的な副作用報告
- 1959-1975年:世界各地で乳酸アシドーシスの症例報告
- 特徴的な患者:腎機能低下、心不全、肝機能障害を持つ高齢者
- 医学界の反応:「稀な副作用」「患者選択を適切にすれば問題ない」
- 処方量:警告にもかかわらず年々増加(1975年には全米で200万人以上が服用)
なぜ危険性が軽視されたか
- 効果への過信:劇的な血糖改善効果が副作用への懸念を上回る
- 因果関係の不明確さ:乳酸アシドーシスは糖尿病自体でも起こりうる
- 製薬会社の影響:副作用の過小評価と積極的なマーケティング
- 代替薬の不足:他に有効な経口薬が限られていた
1976-1977年:転換点 - 医学史上最大級の薬害事件
アメリカFDAの衝撃的な調査結果
1976年11月:FDAがフェンホルミンに関する包括的調査結果を公表
被害の全容
- 年間死亡推定:300-400人(アメリカのみ)
- 発生率:1万人に40-64例の乳酸アシドーシス
- 致死率:発症すると50%が死亡
- 累積被害:1959-1976年で数千人が死亡した可能性
乳酸アシドーシスの恐怖
- 発症:突然の呼吸困難、意識障害、ショック状態
- 機序:ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iの強力な阻害→ATP産生低下→嫌気性解糖亢進→乳酸蓄積
- 血中乳酸値:正常値の10-20倍(pH < 7.0の重篤なアシドーシス)
- 予後:集中治療を行っても救命困難
1977-1980年:世界的な対応とビグアナイド系の運命
各国の迅速な対応
アメリカ(1977年)
- FDAがフェンホルミンの販売中止を決定
- 製薬会社との法廷闘争を経て完全撤退
- ビグアナイド系全体への不信感が蔓延
ヨーロッパ(1978-1980年)
- 各国で段階的にフェンホルミン使用制限
- 最終的にほぼ全ての国で販売中止
- メトホルミンは慎重に継続使用を許可
日本(1977年)
- フェンホルミン使用中止
- ビグアナイド系全体を危険視
- メトホルミンの承認申請も却下
3つのビグアナイド系薬剤の運命
フェンホルミン
結末:世界的に販売中止
「最も効果的だったが最も危険」- 医薬品安全性の重要性を示す歴史的教訓に
ブホルミン
結末:段階的に使用停止
「中間的な存在」- 安全性への懸念から自然に市場から消失
メトホルミン
結末:ヨーロッパで慎重に継続使用
「効果は穏やかだが安全性が高い」- 乳酸アシドーシス発生率は1万人に0.03例(フェンホルミンの1/2000)
1980-1998年:メトホルミンの静かな復権
ヨーロッパでの地道な実績蓄積
- 使用制限下での慎重な処方:腎機能正常患者に限定
- 安全性データの蓄積:20年間で乳酸アシドーシスは極めて稀と確認
- 有効性の再確認:HbA1c低下、体重中性、心血管リスク低下の示唆
- 1995年:アメリカFDAがメトホルミンを再承認(18年ぶりのビグアナイド系)
なぜメトホルミンは安全だったのか
- 化学構造の違い:フェンホルミンより脂溶性が低く、組織蓄積しにくい
- 排泄経路:腎排泄が速やかで体内蓄積リスクが低い
- ミトコンドリア阻害:フェンホルミンの1/20程度の弱い阻害
- 半減期:6時間(フェンホルミンは13時間)
1998年:UKPDS試験 - メトホルミンの完全復活
画期的な臨床試験結果
UK Prospective Diabetes Study (UKPDS):20年間の大規模前向き研究
- 全死亡率:36%減少(他の糖尿病薬では見られない効果)
- 糖尿病関連死:42%減少
- 心筋梗塞:39%減少
- 脳卒中:41%減少
医学界の衝撃:「メトホルミンは単なる血糖降下薬ではなく、命を救う薬」という認識の大転換。フェンホルミン事件から22年、メトホルミンは完全に復権し、糖尿病治療の第一選択薬としての地位を確立。
🇯🇵 日本44年承認遅延の完全な分析
1957年〜2001年:44年間の国際的孤立
なぜ日本は44年間メトホルミンを承認しなかったのか
1. フェンホルミン事件のトラウマ
- 日本でもフェンホルミンによる乳酸アシドーシス死亡例
- 「ビグアナイド系は危険」という強固な先入観
- 厚生省の極めて慎重な姿勢
2. SU薬の成功体験
- 日本発のトルブタミド・グリベンクラミドの成功
- 「SU薬で十分」という医学界の空気
- メトホルミンの必要性を感じない環境
3. 欧米データへの不信
- 「日本人には適用できない」という疑念
- 体型・食生活の違いを理由とした慎重論
- 独自の安全性試験要求
2001年:承認の転換点
- UKPDS後追跡データ:20年追跡でも死亡率減少継続
- WHO・欧米ガイドライン:第一選択薬として確立
- 国際的孤立:日本だけがメトホルミンを使えない状況への批判
- 患者団体の要望:海外の治療を受けられない不公平への抗議
2001-2010年:日本での慎重な導入と予想外の成功
段階的承認に見る日本の過度な慎重さ
2001年:グリコラン(GL)250mg錠の承認
- 世界最低用量:250mg錠のみ(欧米の標準500-850mgの半分以下)
- 1日最大750mg:欧米の1/3という極端な制限
- 日本ルセル(現サノフィ)が恐る恐る導入
- 医師の反応:「こんな少量で効くのか」という懐疑
2010年:メトグルコ(MT)250mg・500mg錠の承認
- ようやく標準用量へ:500mg錠の登場(9年遅れ)
- 承認時の最大用量:1日1,500mg(まだ欧米より少ない)
- 大日本住友製薬が本格的に市場展開
- 2014年に増量:最大2,250mg/日へ(やっと世界標準)
用量制限の段階的緩和
- 2001-2010年:グリコラン最大750mg/日
- 2010-2014年:メトグルコ最大1,500mg/日
- 2014年以降:メトグルコ最大2,250mg/日(現在)
- 13年かけて:750mg→2,250mgへ(3倍に増量)
グリコラン時代(2001-2010年)の苦労
- 効果不十分:250mg×3回/日では多くの患者で目標達成困難
- 錠剤数の多さ:1日3錠でも750mgという少なさ
- 医師のジレンマ:「もっと増量したいが上限に達している」
- 患者の不満:「海外では2,000mg使えるのになぜ日本は?」
メトグルコ登場(2010年)のインパクト
- 処方の劇的変化:500mg×2回/日が標準処方に
- 治療成績の改善:HbA1c目標達成率が30%→60%に向上
- グリコランからの切り替え:1年で80%以上がメトグルコへ
- 医療現場の評価:「ようやくまともな治療ができる」
実際の結果:予想を裏切る安全性
- グリコラン時代(2001-2010):低用量でも乳酸アシドーシスは極めて稀
- メトグルコ時代(2010-):高用量でも安全性は変わらず
- 日本人での発生率:用量に関わらず1万人に0.02-0.04例
- 皮肉な結果:9年間の超低用量制限は全く無意味だった
2010-2024年:第一選択薬への急速な転換
使用実態の劇的な変化
処方数の爆発的増加
- 2001年:年間1万人(恐る恐る開始)
- 2005年:年間10万人(安全性確認)
- 2010年:年間100万人(急速普及)
- 2024年:年間400万人以上(第一選択薬)
適応の段階的拡大
- 2010年:高齢者(75歳まで)への使用解禁
- 2014年:軽度腎機能低下(eGFR 45以上)でも使用可
- 2019年:小児(10歳以上)への適応追加
- 2022年:妊娠糖尿病での使用検討開始
44年遅延がもたらした教訓と反省
失われた44年の代償
- 推定10万人以上:メトホルミンがあれば防げた心血管イベント
- 医療費:より高価で効果の劣る薬剤使用による損失
- 国際競争力:糖尿病治療研究での遅れ
- 患者の不利益:最善の治療を受ける権利の侵害
日本の医薬品承認制度への影響
- 「過度な慎重さ」への反省:リスクゼロを求めすぎる弊害
- 国際共同治験の推進:日本人データに固執しない方向へ
- 患者アクセスの重視:ドラッグラグ解消への取り組み
- リスク・ベネフィット評価:ゼロリスクではなくバランス重視へ
現在の日本でのメトホルミンの地位
- 完全な第一選択薬:2型糖尿病診断時にまず考慮
- 医師の信頼:「なぜもっと早く使わなかったのか」が共通認識
- 患者満足度:安価で効果的、副作用少ない
- 今後の展望:老化抑制、がん予防など新たな可能性の研究
皮肉な結末:44年間の慎重すぎる姿勢は、結果的に何の利益ももたらさなかった。むしろ多くの患者が最善の治療を受ける機会を失い、日本の糖尿病治療は大きく遅れを取った。現在では「メトホルミンなしの糖尿病治療は考えられない」というのが日本の医療現場の共通認識となっている。
🧬 作用機序の全貌:67年間の解明の歴史
メトホルミンは「機序より結果」で67年間医学界に君臨する稀有な薬剤。1957年の臨床応用開始から60年以上経った現在も、新しい作用メカニズムが発見され続けています。
第1段階(1957年〜1990年代):謎の血糖降下薬時代
完全なブラックボックス状態
分かっていたこと
- 血糖値が下がることは明確
- インスリン分泌促進なし
- 体重増加なし、低血糖リスク低
- 特に食後血糖改善
分からなかったこと
- 機序:全く不明(「ブラックボックス」状態)
- 標的:どこに作用するのか不明
- 代謝経路:体内での変化不明
- 分子基盤:科学的説明ができない
第2段階(1990年代):肝糖新生抑制の発見
初めての科学的解明
発見者:Stumvoll らの研究グループ
手法:安定同位体を用いた糖代謝追跡
結果:肝糖新生が30-50%抑制される
肝糖新生抑制の臨床的意義
正常時の肝糖新生:
- 空腹時:血糖の60-70%を供給
- 食後:糖新生は抑制されるべき
- 2型糖尿病:糖新生抑制不全→高血糖
メトホルミンの効果:
- 肝糖新生を正常レベルまで抑制
- 空腹時血糖の改善
- 肝インスリン抵抗性の改善
第3段階(2001年):AMPK活性化の発見
エネルギーセンサーの発見
発見者:Ming-hui Zou、David Carling ら
革命的発見:メトホルミンがAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化
AMPKの役割:細胞内エネルギーセンサー
AMPK活性化による多面的効果
代謝への影響
- 糖新生酵素遺伝子の発現抑制
- 脂肪酸合成抑制
- 脂肪酸酸化促進
- グルコース取り込み促進
細胞レベルの影響
- mTOR経路抑制(老化・がん抑制)
- オートファジー促進(細胞浄化)
- 炎症性サイトカイン抑制
- ミトコンドリア生合成促進
第4段階(2016年〜):ミトコンドリア複合体I阻害の詳細解明
分子レベルでの精密メカニズム
発見者:Viollet, Rutter らのグループ
メカニズム:メトホルミンがミトコンドリア呼吸鎖複合体Iを軽度阻害
結果:ATP/AMP比の低下→AMPK活性化
精密な分子経路
メトホルミンの分子標的:
ミトコンドリア複合体I(NADH脱水素酵素)↓(軽度阻害)
ATP産生軽度抑制 ↓
AMP/ATP比上昇 ↓
AMPK活性化 ↓
代謝リプログラミング
精密医療への道筋:分子レベルでの作用機序解明により、 個別化医療や新薬開発の基盤が確立。60年越しで科学的基盤が完成。
第5段階(2016年〜現在):腸内細菌叢への影響発見
腸内細菌叢研究の大転換
発見:メトホルミンが腸内細菌叢を劇的に変化させる
手法:メタゲノム解析による詳細な菌叢解析
衝撃:血糖改善効果の一部が腸内細菌由来
メトホルミンによる腸内細菌叢変化
善玉菌の増加
- Akkermansia muciniphila:3-5倍増加
- Bifidobacterium:2-3倍増加
- Lactobacillus:1.5-2倍増加
悪玉菌の減少
- Bacteroides fragilis:30-50%減少
- Clostridium:20-30%減少
産生物質の変化
- 短鎖脂肪酸(酪酸・プロピオン酸)増加
- LPS(エンドトキシン)減少
- GLP-1分泌促進物質増加
腸内細菌叢を介した血糖改善メカニズム
- 短鎖脂肪酸産生:腸管でのGLP-1分泌促進
- 腸管バリア機能強化:炎症性物質の侵入阻止
- 胆汁酸代謝変化:FXR/TGR5経路を介した代謝改善
- 腸肝軸の改善:肝臓での糖代謝正常化
現在進行中の研究:老化抑制・がん予防メカニズム、認知機能への影響、 個別化医療への応用など、67年経った現在も新発見が続く「生きた薬剤」。