ナウゼリン®

ドンペリドン

💊 末梢選択的ドパミンD2受容体拮抗薬 安全性重視型
📚 レベル1:薬学生向け基本情報

主な適応症

  • 慢性胃炎、胃下垂症の消化器症状(悪心、嘔吐、食欲不振、腹部膨満)
  • 機能性ディスペプシア
  • レボドパ製剤投与時の消化器症状

⚡ 30秒でわかる
ドンペリドン
(ナウゼリン®)

開発の経緯

1974年、ベルギーで開発された末梢選択的D2遮断薬

メトクロプラミドの中枢性副作用を克服するために開発。
血液脳関門を通過しない設計で、錐体外路症状リスクを大幅に低減。

作用機序

末梢のドパミンD2受容体を選択的に遮断

①消化管壁のD2遮断 →消化管運動亢進。
②CTZでD2遮断 →制吐効果

臨床での位置づけ

錐体外路症状リスクが高い患者により適した選択肢

高齢者、パーキンソン病患者ではメトクロプラミドより優先。
2025年から妊婦への使用が条件付きで可能に。
長期使用が予想される患者で特に有用。

他の薬との違い

メトクロプラミドより錐体外路症状が少ない。
血液脳関門を通過しないため中枢性副作用が極めて少ない。
ただしQT延長リスクがあるため心疾患患者では注意。

ドンペリドンの作用機序

1. 消化管運動促進作用

ドンペリドンは消化管壁内神経叢(アウエルバッハ神経叢、マイスナー神経叢)のドパミンD2受容体を遮断します。

D2受容体が遮断されることで、アセチルコリンの遊離が促進され、以下の効果が得られます:

  • 胃排出能の改善:胃内容物の十二指腸への移送を促進
  • 腸管運動の亢進:消化管全体の蠕動運動を活性化
  • 下部食道括約筋圧の上昇:胃食道逆流を防止

2. 制吐作用

ドンペリドンはCTZ(化学受容器引き金帯)のD2受容体も遮断します。

CTZは第四脳室底の最後野に位置し、血液脳関門の外側にあるため、ドンペリドンが到達可能です。CTZでのD2受容体遮断により、悪心・嘔吐の信号が嘔吐中枢へ伝達されるのを防ぎます。

3. 末梢選択性の機序

ドンペリドンの最大の特徴は血液脳関門をほとんど通過しないことです。

これは以下の物理化学的特性によるものです:

  • 分子量が大きい:425.9(メトクロプラミドの299.8より大きい)
  • 脂溶性が低い:血液脳関門の脂質二重層を通過困難
  • P糖タンパク質の基質:能動的に脳外へ排出される

この末梢選択性により、中枢神経系への影響が最小限となり、錐体外路症状のリスクが極めて低くなっています。

❓ 薬学生からよくある質問

Q: なぜ血液脳関門が大事なの?

A: 血液脳関門(BBB)は脳を守る重要なバリアです。
ドンペリドンの最大の利点は、BBBを通過しないため「消化管には効くが脳には影響しない」こと。
これにより制吐作用は保ちつつ、錐体外路症状を回避できます。(詳しくは研修編で)

Q: QT延長って何?

A: 心電図でQT間隔(心室の収縮と弛緩の時間)が正常より長くなること。
Torsades de pointesという致死的不整脈のリスクが上がります。
心電図でQTc > 450ms(男性)、> 470ms(女性)で要注意です。

Q: なぜ2025年に妊婦への使用が解禁されたの?

A: 大規模疫学研究で先天奇形リスクの増加がないことが証明されたためです。
北欧15,000例の解析でOR 1.03(有意差なし)。
妊娠悪阻への治療選択肢が広がりました。

🏥 レベル2:実習中薬学生向け実践情報

🧠 ドパミンとD2受容体の正常な働き

そもそも:ドンペリドンの働きを理解するには、まずドパミンとD2受容体が正常時に何をしているかを知る必要があります。

前提知識:自律神経系とドパミンの関係

ドパミンは交感神経系の活動と密接に関連している神経伝達物質です。

状態 主な神経伝達物質 生理的反応
交感神経優位時 カテコールアミン↑
(ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)
「闘争か逃走」反応
(fight or flight)
副交感神経優位時 アセチルコリン↑ 「休息と消化」状態
(rest and digest)

ドパミンの二面性:脳と消化管での役割

作用部位 脳(中枢神経系) 消化管(末梢)
主な役割 運動制御(黒質-線条体系) 消化管運動の抑制
報酬系(やる気・快楽・学習) 胃排出の遅延
ホルモン調節(プロラクチン抑制) 下部食道括約筋の弛緩
メカニズム 神経伝達の促進
運動調節回路の活性化
D2刺激 → ACh放出↓ → 蠕動↓
交感神経優位の表現
結果 正常な運動機能・精神機能 消化管運動の低下
生理的意義 活動・学習・生存に必須 「闘争か逃走」時の消化抑制

なぜドパミンは消化管運動を抑制するのか?

これは進化的に獲得した「闘争か逃走(fight or flight)」反応の一部です。ストレス時(交感神経優位)には、生存のために身体のリソースを再配分する必要があります。

脳ではドパミンが増加することで覚醒度と運動能力が向上し、生存に有利な状態を作り出します。一方、消化管ではドパミンが消化活動を抑制し、エネルギーを筋肉へ集中させます。つまり、ドパミンは「今は消化よりも活動を優先すべき」という身体のシグナルとして機能しているのです。

消化管でのドパミン-アセチルコリンバランス

消化管の運動は、ドパミン(抑制性)とアセチルコリン(促進性)のバランスによって精密に調節されています。これらの神経伝達物質は、まるでアクセルとブレーキのような関係で消化管機能を制御しています。

正常時は両者のバランスが保たれていますが、ストレス時にはドパミンが優位となり消化管運動が抑制され、リラックス時にはアセチルコリンが優位となり消化活動が促進されます。

神経伝達物質 受容体 消化管への作用 臨床的意味
アセチルコリン ムスカリン受容体 運動促進(↑)
分泌促進(↑)
副交感神経系
「休息と消化」
ドパミン D2受容体 運動抑制(↓)
分泌抑制(↓)
交感神経系
「闘争か逃走」

🎯 D2受容体を遮断するとどうなる

D2受容体の4つの作用部位

D2受容体は体内の様々な部位に存在し、それぞれ異なる機能を持っています。重要なのは、血液脳関門(BBB)との位置関係によって、ドンペリドンが到達できるかどうかが決まることです。

作用部位 BBBとの関係 D2遮断の効果 ドンペリドン
到達性
消化管神経叢
(末梢)
BBB関係なし 消化管運動促進
胃排出促進
下部食道括約筋圧上昇
◯ 到達可
CTZ
(最後野)
中枢だが
BBB外側
制吐作用
(嘔吐反射の抑制)
◯ 到達可
下垂体前葉
(内分泌)
BBB外側 プロラクチン分泌促進
→ 乳汁分泌・月経異常
◯ 到達可
線条体等
(脳内)
BBB内側 運動調節障害
→ 錐体外路症状
✕ 到達不可

ドンペリドンの最大の特徴

血液脳関門を通過しないため、BBB外側の3部位(消化管、CTZ、下垂体)には作用するが、BBB内側の脳には作用しない。これにより以下のような作用プロファイルとなります:

  • ✅ 消化管運動改善効果:あり
  • ✅ 制吐作用:あり
  • ⚠️ プロラクチン関連副作用:あり(乳汁分泌、女性化乳房等)
  • ✅ 錐体外路症状:ほとんどなし

錐体外路症状:D2遮断薬がBBBを通過

錐体外路症状とは、脳内の線条体でD2受容体が遮断されることで起こる運動機能の異常です。メトクロプラミドで問題となった副作用ですが、ドンペリドンはBBBを通過しないためほとんど起こらないのがポイントです。

主な症状:

  • パーキンソニズム:手の震え、筋肉のこわばり、動作緩慢
  • アカシジア:じっとしていられない、強い焦燥感
  • 急性ジストニア:筋肉の異常収縮(眼球上転、斜頸など)
  • 遅発性ジスキネジア:口や手足の不随意運動(長期使用時)

🤱 プロラクチン分泌と乳汁分泌促進作用

ドパミンによるプロラクチン制御

ドパミンは下垂体前葉からのプロラクチン分泌を抑制する重要な調節因子です。これは「プロラクチン抑制因子(PIF: Prolactin Inhibiting Factor)」として知られています。

ドンペリドンのプロラクチン分泌促進機序

ドンペリドンは下垂体前葉のD2受容体を遮断することで、ドパミンによる抑制を解除し、プロラクチン分泌を促進します。

重要な点は、下垂体は血液脳関門の外側に位置するため、ドンペリドンでも到達可能だということです。

臨床的意義と注意点

プロラクチン上昇による作用

プロラクチン上昇により以下のような作用・副作用が報告されています:

  • 乳汁分泌促進:授乳婦の母乳分泌不全に対して有効(適応外使用)
  • 女性化乳房:男性患者での副作用として報告
  • 月経異常:無月経、月経不順の原因となることがある
  • 性機能障害:性欲減退、勃起不全の報告

プロラクチン関連の禁忌

以下の疾患では投与禁忌となります:

  • プロラクチン分泌性下垂体腫瘍(プロラクチノーマ):腫瘍増大のリスク
  • 乳がん既往:プロラクチン感受性腫瘍の可能性

💊 メトクロプラミドとの比較

消化管運動改善薬の選択指針:メトクロプラミド(プリンペラン)とドンペリドン(ナウゼリン)は、それぞれ異なる強みを持つ重要な薬剤です。
どちらが優れているのではなく、患者の状況に応じて使い分けることが重要です。

基本的な比較

項目 メトクロプラミド
(プリンペラン)
ドンペリドン
(ナウゼリン)
血液脳関門通過性 通過する ほとんど通過しない
主な作用部位 中枢+末梢 主に末梢
錐体外路症状リスク 高い(0.1-1%) 低い(極めて稀)
QT延長リスク 低い 注意必要
5-HT4受容体作用 あり なし
制吐作用の強さ +++ ++
剤形 錠剤、細粒、注射 錠剤、OD錠、細粒、坐剤
プロラクチン関連
プロラクチン上昇 ++ ++
女性化乳房 0.1-1% 0.1-1%
月経異常 稀に発生 稀に発生

臨床での使い分け指針

メトクロプラミドを選ぶべき場面

特性:注射剤あり、強力な制吐作用(CTZ+5-HT3拮抗)、5-HT4作用、心疾患で安全

  • 術後の重度悪心・嘔吐:注射剤での迅速な対応が必須
  • 急性胃腸炎による嘔吐:注射剤で脱水改善とともに症状コントロール
  • 救急外来での対応:経口摂取不能、即効性が求められる
  • 心疾患既往患者:QT延長リスクを回避する必要がある
  • 短期集中治療:1-2週間以内で症状改善が見込める場合

結論:急性期・重症例・心疾患患者では、メトクロプラミドが適している

ドンペリドンを選ぶべき場面

特性:錐体外路症状なし、坐剤あり、長期使用可能、幅広い年齢層で安全

  • 慢性疾患の長期管理:機能性ディスペプシア、糖尿病性胃不全麻痺
  • 高齢者:錐体外路症状による転倒・ADL低下リスク回避
  • 小児:錐体外路症状への感受性が高い、坐剤使用可能
  • 精神疾患併存:抗精神病薬との相互作用回避
  • 社会生活への配慮:運転業務、精密作業従事者

結論:慢性期・特殊患者群・長期使用では、ドンペリドンが適している

🤰 2025年妊婦使用ガイドライン改訂

改訂前(2024年まで)

  • ドンペリドン:妊婦又は妊娠している可能性のある女性(禁忌)
  • メトクロプラミド:妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないこと(禁忌)
  • 理由:動物実験での催奇形性(ドンペリドン)

改訂後(2025年)

  • 両剤とも:条件付き使用可能
  • 推奨度:C(インフォームドコンセントを得て使用可能)
  • 使用順序:ビタミンB6→ドキシラミン配合→メトクロプラミド→ドンペリドン
🎖️ レベル3:研修中・臨床向け詳細情報

💡 なぜCTZにドパミン受容体があるのか?

毒物検出システムとしてのCTZ

血中にドパミンが入るような事態は、通常では考えられません。では、なぜCTZにドパミン受容体が存在するのでしょうか?

答えは、植物毒の検出システムとして進化したからです。

🌿 植物アルカロイドとドパミン様構造

  • 多くの有毒植物のアルカロイドは、ドパミン様構造を持っています
  • これらの毒物は、ドパミン受容体に作用して様々な症状を引き起こします
  • 動物は長い進化の過程で、これらの毒物を素早く検出する必要がありました

→ CTZにドパミン受容体を配置することで、有毒物質を摂取したら即座に嘔吐して排出する仕組みが完成!

🎯 だから吐き気止めはD2遮断薬

この進化的に獲得した「毒物検出システム」を逆手に取ったのが、D2遮断薬による制吐作用です。

  • CTZのD2受容体をブロック → 嘔吐反射を抑制
  • 本来は生存に重要なシステムだが、現代では過剰反応することも
  • 抗がん剤による嘔吐なども、このシステムが関与

進化医学的意義

CTZが血液脳関門の外側に位置することも、この毒物検出システムとして理にかなっています。血中の異物を直接検出する必要があるため、あえてバリアの外側に配置されているのです。

この古代から受け継がれた防御システムが、現代医療では制吐薬のターゲットとして活用されているという事実は、進化と医学の興味深い接点といえるでしょう。

🎯 ドンペリドンが生まれるまで

前項の理解を踏まえて:消化管でD2受容体を遮断すれば、ドパミンによる抑制を解除して運動機能を改善できる。しかし、脳でも同じことが起きると...
核心的ジレンマ:消化管では治療効果、脳では深刻な副作用。この矛盾をどう解決するか?

既存のD2遮断薬:なぜ使えないのか

多数存在するD2遮断薬

実は、D2受容体を遮断する薬は1950年代から多数存在していた。しかし、これらは消化管運動改善には使えなかった。

薬剤分類 代表薬 主な用途 消化管使用できない理由
定型抗精神病薬 ハロペリドール
クロルプロマジン
統合失調症 強力すぎる中枢作用
錐体外路症状が必発レベル
非定型抗精神病薬 リスペリドン
オランザピン
統合失調症
双極性障害
中枢作用が主目的
体重増加、糖尿病リスク
制吐薬(古典的) プロクロルペラジン 悪心・嘔吐 錐体外路症状が高頻度
鎮静作用が強い

問題の本質:これらの薬は「脳のD2受容体を遮断すること」が主目的。消化管への作用は副次的効果に過ぎなかった。

消化管運動改善薬に求められる特性

  • 末梢選択性:脳に入らない(錐体外路症状回避)
  • 適度な強さ:消化管のD2遮断には強力さ不要
  • 長期使用可能:慢性疾患への対応
  • 幅広い年齢層:小児から高齢者まで

→ 既存の抗精神病薬では、これらの条件を満たせなかった

メトクロプラミド開発

1964年、医薬品開発の歴史に重要な転換点が訪れました。メトクロプラミドという、初めて「消化管運動改善」を主目的として開発されたD2遮断薬が誕生したのです。この薬剤は、それまでの抗精神病薬より意図的に弱いD2遮断作用に調整され、さらに5-HT4受容体刺激作用も付加されることで消化管運動促進効果を強化しました。その結果、メトクロプラミドは世界中で使用される重要な薬剤となりました。

メトクロプラミドが画期的だった理由は明確です。それまでのD2遮断薬は精神疾患治療が主目的であり、消化管への作用は副次的なものに過ぎませんでした。メトクロプラミドは消化管への作用に着目した初の医薬品として、制吐作用と運動改善作用の両立を実現したのです。

しかし、D2遮断薬の宿命として避けられない問題も残りました。血液脳関門を通過する性質は変わらず、中枢でのD2遮断による錐体外路症状は依然として発現してしまいます。消化管への治療効果を求めても、脳への作用は避けられない—これが当時の技術的限界でした。

錐体外路症状

メトクロプラミドのような血液脳関門を通過するD2遮断薬では、以下の深刻な錐体外路症状が問題となります。

症状分類 発現時期 主な症状 臨床的重要性
パーキンソニズム
(薬剤性パーキンソン症候群)
数日〜数週間 • 振戦(安静時の手指振戦)
• 固縮(筋肉のこわばり)
• 無動(動作緩慢、仮面様顔貌)
• 姿勢反射障害(前傾姿勢)
高齢者では転倒→骨折→寝たきりのリスク
QOL著しく低下
アカシジア
(静坐不能)
数日〜2週間 • じっとしていられない
• 足踏み、体を揺する
• 強い不安感・焦燥感
• 内的不穏
耐え難い苦痛で服薬中断の最大要因
精神症状と誤認されやすい
自殺念慮のリスク
急性ジストニア 投与後数時間〜数日
(特に若年者)
• 眼球上転(眼球が上を向いて固定)
• 斜頸(首が一方向に捻転)
• 開口障害(口が閉じない)
• 舌突出(舌が戻らない)
小児・若年者に多く恐怖体験
救急受診の原因
遅発性ジスキネジア 長期投与後
(3ヶ月以上)
• 口周囲の不随意運動
(口をもぐもぐ、舌なめずり)
• 四肢の不随意運動
• 繰り返し運動
不可逆的な場合あり
薬剤中止後も改善しない
社会生活に支障

重要:これらはメトクロプラミドで実際に問題となった副作用であり、ドンペリドン開発の動機となりました。

ドンペリドン開発への道

「脳に入らないD2遮断薬」という発想の転換

前述の錐体外路症状という深刻な問題に直面した医療現場から、「消化管だけに作用して、脳には入らない薬を作れないか?」という切実な要望が上がりました。消化管運動改善効果は維持しながら、錐体外路症状を完全に回避する—この一見不可能な要求に応えるため、ベルギーのヤンセン社は全く新しいアプローチを採りました。

血液脳関門を通過しない画期的な分子設計

1974年、ベルギーのヤンセン社の研究チームは、血液脳関門を通過しないD2遮断薬の開発に成功しました。ドンペリドンの分子設計には、3つの革新的な工夫が施されました。

  • 分子量の大型化:425.9(メトクロプラミドの299.8の約1.4倍)まで大きくし、血液脳関門の狭い隙間を物理的に通過できないサイズに
  • 脂溶性の低下:意図的に脂溶性を低くすることで、血液脳関門の脂質二重層への溶解性を低下
  • P糖タンパク質の基質化:仮に脳内に入っても能動的に排出される仕組みを組み込み

これらの工夫の結果、ドンペリドンの血液脳関門透過率は1%未満という驚異的な低さを達成しました。これは、メトクロプラミドと比較して脳内移行が100分の1以下であることを意味します。

ドンペリドンがもたらした医療現場の変革

ドンペリドンの登場は、消化管運動改善薬の使用に革命をもたらしました。最も大きな変化は、錐体外路症状を恐れることなく長期使用が可能になったことです。これにより、慢性的な消化器症状に悩む患者に対して、安心して継続的な治療を提供できるようになりました。

特に恩恵を受けたのは、錐体外路症状のリスクが高い患者群でした。高齢者では転倒リスクを心配することなく処方でき、小児では急性ジストニアの恐怖から解放されました。さらに、パーキンソン病患者においては、L-DOPA製剤による消化器副作用を、錐体外路症状を悪化させることなく改善できるようになりました。

このように、ドンペリドンは「脳に入らないD2遮断薬」という画期的なコンセプトを実現し、患者のQOL向上に大きく貢献したのです。

薬剤到達性の違い

D2受容体の部位 場所の特性 メトクロプラミド ドンペリドン 臨床的意義
① 消化管(末梢) BBB関係なし ◯ 到達可 ◯ 到達可 両剤とも消化管運動改善効果あり
② CTZ(最後野) 中枢だがBBB外 ◯ 到達可 ◯ 到達可 両剤とも制吐作用あり
③ 下垂体前葉 BBB外側 ◯ 到達可 ◯ 到達可 両剤ともプロラクチン分泌促進
④ 線条体(脳内) BBB内側 ◯ 到達可 ✕ 到達不可 メトクロプラミドのみ錐体外路症状リスク

結論:ドンペリドンは「制吐作用と消化管運動改善効果を保ちつつ、錐体外路症状を回避」という理想を実現した。ただし、プロラクチン関連副作用は両剤で起こりうる。

⚠️ 新たな課題:QT延長

QT延長リスクの皮肉な真実

2004年:心室性不整脈との関連が初めて大規模に報告される

「脳の問題を解決したら、心臓の問題が生まれた」

ドンペリドン最大の売りである「血液脳関門を通過しない=錐体外路症状を克服」という特性。しかし、この末梢選択性を追求した結果、予期せぬ副産物として心臓のhERGカリウムチャネルへの親和性が生まれてしまった。

メトクロプラミドは脳に入るがQT延長は少ない、ドンペリドンは脳に入らないがQT延長リスクがある—まさに「完璧な薬は存在しない」ことの証明。

なぜドンペリドンだけQT延長を起こすのか?

分子構造の宿命
  • 分子量の大型化:425.9(メトクロプラミド299.8の1.4倍)
  • ベンズイミダゾロン骨格:血液脳関門を通過しない設計
  • 意図しない結果:hERGチャネルのポケットにちょうど収まる形状

皮肉なことに、脳への移行を防ぐために大きくした分子が、心臓のイオンチャネルには「ちょうど良いサイズ」だった。

メトクロプラミドとの決定的な違い

メトクロプラミドの小さく単純な分子構造は、hERGチャネルへの結合親和性が低い。一方、ドンペリドンの複雑で大きな分子は、hERGチャネルの疎水性ポケットに強く結合してしまう。

薬剤開発の教訓:「一つの問題を解決すると、別の問題が生まれる」—これが創薬の難しさであり、奥深さでもある。

QT延長の機序

ドンペリドンは心筋のhERG(human Ether-à-go-go-Related Gene)カリウムチャネルを阻害。IKr電流が減少し、心室再分極が遅延。心電図上でQT間隔が延長し、Torsades de pointesという致死的不整脈のリスクが上昇。

特にCYP3A4阻害薬との併用時、高用量使用時、高齢者でリスクが増大することが判明。

海外の規制状況

実は:アメリカでは未承認

FDAはドンペリドンを一度も承認していない。理由は明確—QT延長による突然死のリスクを容認できないという判断。アメリカの厳格な安全基準では「錐体外路症状は避けられるが、心臓死のリスクがある薬」は受け入れられなかった。

世界各国の対応

  • 2004年:英国MHRAが最初の警告「心室性不整脈の報告増加」
  • 2007年:カナダで静注剤の販売中止(経口剤は継続)
  • 2012年:欧州医薬品庁(EMA)が大規模な安全性レビュー実施
    • 用量制限:1日30mgまで(従来は80mg)
    • 使用期間:原則1週間以内
    • 60歳以上は特に注意
      • 用量制限:1日30mgまで(従来は80mg)
      • 使用期間:原則1週間以内
      • 60歳以上は特に注意
    • 2014年:EMAが再度警告強化、心電図モニタリングの推奨
    • 現在:多くの国で「制限付き使用」の状態

    日本での現状

    日本では比較的穏やかな対応が続いている。添付文書に「重大な副作用」として記載はあるが、欧州のような厳格な用量制限はない。これは:

    • 日本人の平均体重が欧米人より軽い(相対的に低用量)
    • 1回10mg×3回/日という標準用量が元々控えめ
    • 長期使用の安全性データが蓄積されている

    ただし、高齢者や心疾患既往患者では慎重投与が必要。

現職薬局薬剤師監修