ユリス®
ドチヌラド
主な適応症
- 痛風
- 高尿酸血症
⚡ 30秒でわかる
ドチヌラド
(ユリス®)
なぜ革命的なのか?
50年ぶりに登場した「安全な尿酸排泄促進薬」
ベンズブロマロンの肝毒性問題(2000年)以降、製薬会社は尿酸を排出させる薬の開発を諦め、尿酸を作らせない薬(フェブキソスタット等)ばかり作っていた。
ドチヌラドは肝毒性を克服し、50年ぶりに尿酸排泄に挑戦した画期的新薬。
作用機序
選択的URAT1阻害薬(SURI)
近位尿細管に存在する尿酸トランスポーターURAT1を選択的に阻害し、尿酸の再吸収を抑制します。
約90%の再吸収をブロックし、尿中尿酸排泄を促進します。
臨床での位置づけ
尿酸排泄促進薬の新たなゴールドスタンダード
フェブキソスタット、ベンズブロマロンに対して非劣性を証明。
薬物相互作用が少なく、多剤併用患者にも安全に使用可能です。
他の薬との違い
「肝臓に優しい」が最大の特徴
ベンズブロマロン:効くけど肝臓が心配(劇症肝炎のリスク・イエローレター)
フェブキソスタット:尿酸を作らせない薬(そもそも作用が違う)
ドチヌラド:ベンズブロマロンと同じ効果で肝臓に優しい薬です。
ドチヌラドの作用機序
高尿酸血症はなぜ問題か
高尿酸血症は血清尿酸値が7.0mg/dL以上の状態で、日本の成人男性の約30%、女性の約5%が該当します。
尿酸は細胞の新陳代謝で生じるプリン体の最終代謝産物で、通常は腎臓から排泄されます。しかし、排泄能力が低下したり産生が過剰になると、血中に蓄積します。 多くの人が「痛風=関節の痛み」と思いがちですが、実は全身に深刻な影響を及ぼす疾患です:
- 腎障害(サイレントに進行):無症状でも尿酸結晶が腎臓を傷つけ、慢性腎臓病→腎不全→透析のリスク。尿酸結石による尿路閉塞も起こる
- 心血管疾患(突然死のリスク):無症状でも血管内皮を傷害し動脈硬化が進行。心筋梗塞・脳卒中のリスクが1.5-2倍に上昇
- メタボリックシンドローム(負の連鎖):インスリン抵抗性を悪化させ、高血圧・脂質異常症・糖尿病が連鎖的に発症
- 痛風発作(氷山の一角):関節への尿酸結晶沈着による激痛。「風が吹いても痛い」ほどだが、これは高尿酸血症の一症状に過ぎない
高尿酸血症の本当の怖さは、痛風発作が起きるまで無症状でも、腎臓や血管は確実にダメージを受けていることです。 痛みがないからと放置すると、気づいた時には腎不全や心筋梗塞といった取り返しのつかない事態になりかねません。
そのため、尿酸値を6.0mg/dL以下にコントロールすることが治療目標となります。これにより尿酸結晶の溶解が促進され、合併症リスクが大幅に低下します。
URAT1の阻害による尿酸排泄促進
高尿酸血症の治療には尿酸値を下げる必要がありますが、ドチヌラドは腎臓での尿酸再吸収を阻害することで尿酸排泄を促進します。
腎臓の近位尿細管にはURAT1(尿酸トランスポーター1)という尿酸を再吸収するポンプがあり、正常では腎臓でろ過された尿酸の約90%をこのURAT1が血液中に戻しています。
ドチヌラドはこのURAT1を選択的に阻害することで、尿酸の再吸収をブロックし、尿中への尿酸排泄を促進します。 これにより、血清尿酸値を効果的に低下させ、痛風発作や臓器障害のリスクを軽減します。
ドチヌラドは他のトランスポーター(OAT1やOAT3など)への影響が少ないため、薬物相互作用が少なく、安全性が高いという利点があります。
❓ 薬学生からよくある質問
Q: なぜドチヌラドは革命的なのですか?
A: 実は50年間、製薬業界は「尿酸を排出させる薬」の開発を諦めていました。
ベンズブロマロンの肝毒性問題(2000年)以降、製薬会社は「尿酸を作らせない薬」(フェブキソスタット等)ばかり開発していました。
ドチヌラドは肝臓への安全性を確保して、50年ぶりに「尿酸排泄」に成功した画期的な薬です。
Q: なぜ尿酸を排出させる方が良いのですか?
A: 高尿酸血症の患者さんの約60%は「尿酸を捨てる力が弱い」タイプ(排泄低下型)です。
残りの25%は混合型で、これも排泄の問題が関わっています。
つまり多くの患者さんは「捨てられない」ことが問題となっています。
しかし、安全に排泄を助ける薬が作れませんでした。
ドチヌラドはついにそれを実現しました。
Q: SURIという新しい分類がありますが、何が違いますか?
A: 従来の尿酸排泄促進薬は様々なトランスポーターをブロックして副作用が多く見られました。
SURIは尿酸の入口(URAT1)だけをピンポイントでブロックします。
標的を絞っているため安全性が高いのです。(詳しくは研修編で)
🔬 ドチヌラドの選択的URAT1阻害のメリット
すでに尿酸排泄促進薬は存在した:ベンズブロマロン
1970年代から使用されているベンズブロマロンは、尿酸値を下げる効果は確実です。 腎臓で尿酸の再吸収を阻害し、尿中への排泄を促進することで、血清尿酸値を低下させます。 しかし、「効くけど使えない薬」になってしまいました。
痛風発作の激痛にはNSAIDs(ロキソプロフェン、ジクロフェナク等)が必須です。 しかし、ベンズブロマロンとNSAIDsを併用すると腎障害リスクが3倍に増加します。
その結果、「痛風発作が起きたらベンズブロマロンを中止してNSAIDsを使う」という本末転倒な状況や、 「効果はあるが怖くて使えない」という臨床現場の声が多く聞かれます。 併用注意薬は20剤以上にも及びます。
原因:トランスポーターの非選択的阻害
腎臓の近位尿細管には、尿酸や薬物を運ぶ複数のトランスポーターが存在します:
- URAT1(尿酸トランスポーター1):尿細管腔から血液中へ尿酸を再吸収する専門のポンプ。腎臓でろ過された尿酸の約90%を体内に戻しています
- OAT1/OAT3(有機アニオントランスポーター):尿酸の分泌も行いますが、より重要なのは多くの薬物の排泄を担っていることです
NSAIDs(ロキソプロフェン、ジクロフェナクなど)、メトトレキサート、フロセミドなどの利尿薬、β-ラクタム系抗生物質など、臨床で頻用される薬物の多くがOAT1/OAT3を介して排泄されます。
ベンズブロマロンの問題は、URAT1だけでなくOAT1/OAT3も強力に阻害してしまうことです。 その結果、NSAIDsなどの薬物の排泄が障害され、血中濃度が上昇して腎障害リスクが3倍に増加します。 これが「効くけど使えない薬」になった根本原因です。
ドチヌラドが「痛風患者に本当に使える薬」である理由
ドチヌラドの最大の価値は、痛風発作時でも中止する必要がないことです。 これはURAT1に対する極めて高い選択性(OAT1/3に対して100倍以上)によって実現されました。
1. NSAIDsとの安全な併用が可能
痛風発作の激痛は患者のQOLを著しく低下させます。 ドチヌラドはOAT1/3を阻害しないため、NSAIDsの腎毒性を増強しません。 臨床試験では、ロキソプロフェンとの併用でも腎機能への影響は認められませんでした。 つまり、痛風発作が起きてもドチヌラドを継続しながらNSAIDsで痛みを抑えるという、 理想的な治療が可能になったのです。
2. 高齢者・生活習慣病患者でも使いやすい
痛風患者の70%は高血圧、30%は糖尿病を合併しています。 ドチヌラドの併用注意薬はわずか3-5剤(ワルファリン、ピラジナミド、高用量サリチル酸)で、 以下の薬物は安全に併用できます:
- 低用量アスピリン:心血管イベント予防で継続可能
- ARB/ACE阻害薬:高血圧治療を妨げない
- メトホルミン:糖尿病治療に影響なし
- スタチン:脂質異常症の治療も継続
3. 長期投与でも安心
痛風は一生付き合う病気です。 ドチヌラドは1年以上の長期投与試験で肝機能異常の発生率は1%未満。 ベンズブロマロンのような月1回の肝機能検査も不要で、 患者も医師も安心して長期治療を継続できます。
これこそが、50年ぶりに登場した「本当に使える尿酸排泄促進薬」と言われる理由です。
💊 フェブキソスタットとドチヌラド:新世代薬剤の使い分け
フェブキソスタット(フェブリク®)は2011年、ドチヌラドは2020年に承認された新世代の高尿酸血症治療薬です。 日本のガイドラインでは明確な第一選択薬の推奨はなく、 患者の病型や背景により選択することになっています。 実際の処方ではフェブキソスタットが全体の51.5%を占めており、 ドチヌラドは新薬として徐々に処方が増えている状況です。
📋 ガイドラインの現状(2022年追補版)
日本痛風・尿酸核酸学会のガイドラインでは、従来「排泄低下型には排泄促進薬、 産生過剰型には産生抑制薬」という病型別選択が推奨されていました。 しかし、産生抑制薬が排泄低下型にも有効であることから、 現在この原則の意義が議論されています。
1. 作用機序の根本的な違い
- フェブキソスタット:キサンチンオキシダーゼ阻害により尿酸産生を抑制
- ドチヌラド:URAT1選択的阻害により尿酸排泄を促進
日本人の高尿酸血症患者の約60%は排泄低下型、約25%は混合型です。 つまり、約90%の患者で尿酸排泄の問題が関与しているため、 ドチヌラドは多くの日本人患者に適しています。
2. 実際の処方選択:どう考えて使い分けるか
まず病型を見極めることから始まります。 日本人の高尿酸血症患者の60%は「腎臓が尿酸を排泄できない」排泄低下型です。 これは日本人にABCG2遺伝子変異が多いことが原因の一つです。 つまり、10人中6人はドチヌラドが理にかなっているのです。
一方、フェブキソスタットを選ぶべき明確な状況もあります。 腎機能が高度に低下(eGFR<30)している患者では、 尿酸排泄促進薬は効果が期待できません。排泄する腎臓自体が働いていないからです。 この場合は、尿酸の産生を抑えるフェブキソスタットが合理的です。 また、尿路結石の既往がある患者では、尿中尿酸を増やすドチヌラドは避け、 産生を抑制するフェブキソスタットを選択します。
3. 併用療法の可能性
作用点が異なるため、理論上は併用可能です。 実際に難治性高尿酸血症で併用される例があります:
- 単剤で目標値(6.0mg/dL以下)に到達しない場合
- 混合型(産生過剰+排泄低下)の患者
- 痛風結節がある重症例
ただし、併用時は尿酸値の急激な低下による痛風発作に注意が必要です。
4. 安全性プロファイルの違い
心血管リスクが高い患者での選択は最も悩ましい問題です。 フェブキソスタットには2019年のFDA警告(CARES試験での心血管死リスク増加)がありますが、 日本のFEATHER試験では心血管リスクの増加は認められませんでした。 この違いは人種差の可能性があります。
フェブキソスタットの注意点:
- FDA警告はあるが、日本人では明確なリスク増加は示されていない
- すでに投与中で安定している患者の変更は不要
ドチヌラドの利点:
- 心血管リスクの警告なし(新規導入時の第一選択になりやすい)
- 肝機能への影響最小(定期検査不要)
- 薬物相互作用が少ない(3-5剤 vs フェブキソスタット10剤以上)
現時点では、心血管リスクが特に高い患者への新規導入ではドチヌラドを選択し、 効果不十分な場合にフェブキソスタットの追加を検討する、 という慎重なアプローチが現実的でしょう。 ガイドライン上は両薬剤に優劣はありませんが、 日本人の60%を占める排泄低下型への理論的な合理性と、 薬物相互作用の少なさから、ドチヌラドが選択されるケースが増えています。
⚠️ ベンズブロマロンの肝毒性とイエローレター
ベンズブロマロンへのイエローレター発出(2000年5月)
厚生労働省は2000年5月、ベンズブロマロンに対してイエローレター(緊急安全性情報)を発出しました。 これは医薬品の重大な副作用に関する最も強い警告の一つです。
- 劇症肝炎による死亡例が国内外で複数報告
- 投与開始から6ヶ月以内の発症が多い
- 女性、高齢者でリスクが高い傾向
肝毒性の発生機序:ミトコンドリア毒性
ベンズブロマロンの肝毒性は、トランスポーター阻害とは無関係の分子構造による問題です。
ベンゾフラン骨格による呼吸鎖阻害
ベンズブロマロンのベンゾフラン骨格は、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体I(NADH脱水素酵素)を直接阻害します。 これにより:
- ATP産生が低下
- 活性酸素種(ROS)が増加
- 肝細胞のエネルギー枯渇
- アポトーシスまたはネクローシス
この機序は用量非依存的で、感受性の高い患者では低用量でも発症する可能性があります。
ベンズブロマロンに対する世界各国の対応
- ヨーロッパ(2003年):劇症肝炎による死亡例を受け市場から完全撤退
- アメリカ:肝毒性リスクを理由にFDAが承認せず
- 日本:イエローレター発出後も慎重使用で継続
なぜ日本だけが使用を継続したのか
日本には特殊な事情がありました。 日本人の高尿酸血症患者の約60%が尿酸排泄低下型であり、 尿酸排泄促進薬が不可欠でした。 しかし、代替薬のプロベネシドは効果が弱く、 ベンズブロマロンしか有効な選択肢がなかったのです。
そのため日本では、月1回の肝機能検査を義務化し、 肝疾患患者への投与を禁忌とするなど、 厳格な管理下での使用を続けました。 しかし、医療現場からは「肝毒性のない、安全な尿酸排泄促進薬」を 求める声が強く、これがドチヌラド開発の原動力となったのです。
🧬 ABCG2遺伝子変異と日本人の高尿酸血症
ABCG2とは何か
ABCG2(ATP-binding cassette subfamily G member 2)は、 尿酸の排泄に関わる重要なトランスポーターです。
- 腎臓:尿細管での尿酸分泌
- 腸管:腸管からの尿酸排泄(腎外排泄)
従来、尿酸排泄は腎臓のみと考えられていましたが、 ABCG2の発見により腸管も尿酸排泄の約3分の1を担うことが判明しました。
日本人の約50%がABCG2機能低下型
防衛医科大学校の研究(2014年)により、衝撃的な事実が判明しました:
- 日本人の約半数でABCG2機能が低下
- 機能低下型は高尿酸血症リスクが2-3倍増加
- 肥満や飲酒よりも強い影響力
主要な遺伝子変異
- Q141K変異:機能が約50%に低下(日本人の約30%が保有)
- Q126X変異:機能が完全喪失(日本人の約2-3%が保有)
新しい病型分類:腎外排泄低下型
ABCG2遺伝子変異の発見により、高尿酸血症の病型分類が更新されました:
従来の分類 | 新しい分類 | 主な原因 |
---|---|---|
尿酸産生過剰型 | 腎負荷型 | 産生過剰+腸管排泄低下 |
尿酸排泄低下型 | 腎排泄低下型 | 腎機能低下 |
(認識されず) | 腎外排泄低下型 | ABCG2機能低下 |
つまり、従来「産生過剰型」と診断されていた患者の多くが、 実はABCG2変異による腸管排泄低下が原因だったのです。
ドチヌラド開発への影響
ABCG2遺伝子変異の発見は、ドチヌラドの開発戦略に大きな影響を与えました:
1. 腎臓での排泄促進に特化
日本人の多くがABCG2変異により腸管排泄が低下しているため、 腎臓のURAT1を選択的に阻害して尿酸排泄を促進する戦略が有効と判断されました。
2. 遺伝子検査の可能性
将来的には、ABCG2遺伝子検査により:
- 高尿酸血症のリスク予測
- 最適な治療薬の選択(精密医療)
- 生活指導の個別化
が可能になると期待されています。
3. アジア人向け創薬の重要性
ABCG2変異は特にアジア人に多いことから、 欧米の薬剤をそのまま使用するのではなく、 日本人・アジア人の遺伝的特性を考慮した創薬の重要性が認識されました。 ドチヌラドはまさに「日本人のための薬」として開発されたのです。