パルモディア®
ペマフィブラート
主な適応症
- 高トリグリセリド血症
- 家族性高脂血症を含む高脂血症
⚡ 30秒でわかる
メトホルミン
(メトグルコ®)
開発の経緯
2018年、世界初のSPPARMαとして日本で誕生
興和が15年以上の研究開発を経て完成。
3度の薬価収載見送りを乗り越えて発売。
従来のフィブラート系の欠点を克服した革新的薬剤。
作用機序
選択的PPARαモジュレーター(SPPARMα)
①PPARαを選択的に活性化 ②脂質代謝関連遺伝子のみ活性化 ③副作用関連遺伝子は抑制。
TG低下45-50%、HDL-C上昇率20-25%の強力な効果。
臨床での位置づけ
高トリグリセリド血症治療の新たな標準薬
日本動脈硬化学会ガイドラインで腎機能低下例の第一選択。
2018年発売以降、安全性の高さから急速に普及。
特に腎機能低下例、スタチン併用例では最優先で使用される。
他の薬との違い
腎機能低下例でも使用可能な唯一のフィブラート系。
スタチンとの併用が可能で、肝機能改善作用もある。
従来薬より強力なTG低下効果と優れた安全性。
薬理学の基本(作用機序詳細)
主作用:PPARα選択的活性化
PPARαの特定部位に選択的に結合し、脂質代謝関連遺伝子を活性化。
中性脂肪を45-50%低下させる。
肝機能への作用
肝臓での脂質合成を抑制し、脂肪酸酸化を促進。
ALT、AST、γ-GTPの改善作用もある。
HDL-C上昇作用
HDL-Cの合成を促進し、動脈硬化の進展を抑制。
従来のフィブラート系よりも強力なHDL-C上昇作用。
安全性の特徴
腎機能低下例(eGFR≥30)でも使用可能。
スタチンとの併用でも横紋筋融解症リスクが低い。
よく見る処方パターン
※ 通常の開始用量。効果不十分な場合は0.2mg×2回/日まで増量可。
※ XR錠(徰放錠)で1日1回投与でコンプライアンス良好。
※ スタチンとの併用。従来のフィブラート系と異なり安全に併用可能。
一緒に処方される薬TOP3
- スタチン系薬剤(クレストール®、リピトール®) - LDL-CとTGの同時管理。
従来のフィブラート系と異なり、安全に併用可能。 - エゼチミブ(ゼチーア®) - LDL-Cが下がりきらない場合に追加。
スタチンとの3剤併用も可能。 - ニコチン酸製剤(ユベラ®) - 高TG血症が重度の場合に併用。
作用機序が異なるため相加効果を期待。
⚠️ ペマフィブラートの重要な副作用
横紋筋融解症について理解しよう
横紋筋融解症とは:筋肉細胞が壊れ、筋肉成分が血中に流出する状態です。
発生頻度:従来のフィブラート系より低い(重篤な副作用0.3%)
なぜ起こるのか?
- スタチンとの併用時にリスク上昇
- 高齢者、腎機能低下例で注意
- 脱水、甲状腺機能低下もリスク因子
予防のポイント
- CK値の定期的チェック
- 筋肉痛、脱力感の確認
- 夏場の脱水予防
- スタチン併用時は慎重に
🚫 絶対禁忌
- シクロスポリン - 血中濃度7倍上昇、横紋筋融解症リスク
- リファンピシン - CYP誘導により効果減弱
- 姊娠・授乳中 - 安全性未確立
⚠️ 重要な注意点
- スタチン併用時 - CK値モニタリング推奨、筋症状に注意
- ワルファリン併用 - PT-INR上昇の可能性、用量調整必要
- 腎機能低下 - eGFR<30では0.2mg/日を上限とする
🍽️ 服薬指導のポイント
- 食後に服用 - 吸収が良好、特に朝食後が重要
- 筋肉痛、脱力感に注意 - 横紋筋融解症の初期症状の可能性
- 定期的な肝機能・腎機能チェック - 3-6ヵ月毎のCK、AST/ALT測定
❓ 薬学生からよくある質問
Q: なぜSPPARMαは腎機能低下例でも使えるの?
A: 排泄経路の違いがポイント!従来のフィブラートは腎排泄(70-90%)だが、ペマフィブラートは胆汁排泄(>90%)。
腎機能が低下しても蓄積しないため、eGFR≥30なら安全に使用できます。(詳しくは実習編で)
Q: PROMINENT試験って失敗したの?
A: 心血管イベント抑制効果は示せなかった(HR 1.03)が、「失敗」ではありません。
TG低下効果(-26%)は確実で、安全性も証明された。
「TGを下げても心血管イベントは減らない」という新たな知見を得られました。
Q: なぜ1日2回なの?
A: 半減期が2-3時間と短いため、1日1回では効果が持続しません。
朝夕食後に服用することで、1日の脂質代謝を効果的にカバーできます。
新剤形のパルモディアXR錠(徐放錠)なら1日1回でOKです。
なぜ世界初のSPPARMαが生まれたのか
歴史的背景:従来のフィブラート系薬剤は1960年代から使用されていたが、腎機能低下例での使用制限、スタチンとの併用制限、肝機能への悪影響という重大な問題を抱えていた。
2018年、興和がPPARαへの選択的結合という革新的アプローチでこれらの問題を克服した世界初のSPPARMαを承認取得。
1. 腎機能低下患者への安全使用
従来のフィブラート系薬剤は腎排泄型であるため、腎機能低下患者では血中濃度上昇・横紋筋融解症リスクが高かった。
パルモディアは主に胆汁排泄であるため、eGFR≥30でも使用可能。
日本にCKD患者1300万人いる中で、安全にTGを管理できる唯一の選択肢。
2. スタチンとの安全併用
従来のフィブラート系薬剤はスタチンとの併用が原則禁忌だった。
パルモディアは選択的PPARα結合により、スタチンとの相互作用が極めて低く、安全に併用可能。
LDL-CとTGの同時管理が可能となり、心血管リスクの包括的管理を実現。
3. 肝機能改善作用
従来のフィブラート系ではALT、AST、γ-GTPの上昇が問題だったが、パルモディアは逆に肝機能を改善。
脂肪肝・NASHの改善効果も期待され、新たな治療オプションとして注目。
4. 強力なTG低下効果
TG低下率45-50%と従来のフィブラート系より優れる。
選択的PPARα活性化により、効果は最大化しながら副作用は最小化。
HDL-C上昇作用も強力で、総合的な脂質プロファイル改善。
5. 純国産創薬の結晶
興和が15年以上の研究開発を経て完成させた純国産創薬。
3度の薬価収載見送りという苦難を乗り越えて2018年5月についに発売。
日本発の革新的医薬品として、世界の脂質管理に新たな選択肢を提供。
6. PROMINENT試験の教訓
2022年PROMINENT試験で心血管イベント抑制効果は示せなかった。
しかし、安全性は確認され、副作用による中止率は同等だった。
TG低下≠心血管イベント抑制という新たな課題を提起。
7. 日本人での実臨床データ
K-2研究(3,000例の日本人患者)で優れた成績を確認。
TG低下率-42.5%、スタチン併用65%で安全に使用、腎機能低下例18%でも問題なし。
日本人の脂質代謝特性に適した薬剤としての価値を実証。
🇯🇵 パルモディア開発の苦闘
世界初のSPPARMα開発の挑戦
1. 基礎研究期(2003-2008年)
- 興和東京創薬研究所でPPARαの立体構造解析
- 選択的リガンド結合ポケットの発見
- K-13445(パルモディア)の候補化合物特定
2. 薬価収載の苦闘(2017-2018年)
- 2017年7月承認取得後、政府との薬価交渉が難航
- 3度の薬価収載見送り(2017年11月、2018年2月、4月)
- 2018年5月ついに薬価収載決定
PROMINENT試験とその後の展開
PROMINENT試験(2022年)
10,497例、中央側3.4年の大規模試験。
心血管イベント抑制効果は示せず。
但し、安全性は確認された。
日本人での成功(2018年以降)
K-2研究で3,000例で優れた成績。
腎機能低下患者でも安全に使用。
脂肪肝、NASHへの有効性も期待。
確立期(2013年〜現在)
処方率70%超で名実ともに第一選択薬。
SGLT2阻害薬等の登場でも地位不変。
ジェネリック普及で経済的優位性拡大。
💊 併用薬との使い分け
パルモディアは従来のフィブラート系と異なり、安全に他剤と併用できることが大きな特徴です。
ここでは各薬剤との併用時のポイントを詳しく解説します。
パルモディア + スタチン
併用のポイント:
- 従来のフィブラート系と異なり、横紋筋融解症リスクが低い
- LDL-C(スタチン)とTG(パルモディア)の同時管理が可能
- CK値の定期的モニタリングは必須
処方例:パルモディア 0.1mg×2 + クレストール 2.5mg×1
推奨患者:脂質異常症全般、動脈硬化リスク高い患者
パルモディア + エゼチミブ
併用のポイント:
- LDL-Cがスタチンで下がりきらない場合に追加
- コレステロール吸収阻害作用によるLDL-C低下
- スタチンとの3剤併用も可能
処方例:パルモディア 0.1mg×2 + ゼチーア 10mg×1
推奨患者:LDL-C高値持続、スタチン不耐例
パルモディア + EPA製剤
併用のポイント:
- 超高TG血症(TG>500mg/dL)の場合に併用を検討
- 作用機序が異なるため相加効果が期待できる
- EPA製剤は抗血小板作用もあるため出血に注意
処方例:パルモディア 0.2mg×2 + エパデール 600mg×3
推奨患者:重度高TG血症、急性膵炎リスク、心血管イベント既往
📊 フィブラート系薬剤の比較
項目 | ペマフィブラート (パルモディア) |
フェノフィブラート (リピディル、トライコア) |
ベザフィブラート (ベザトール) |
---|---|---|---|
選択性 | SPPARMα(高選択性) | 非選択的 | 非選択的 |
腎機能低下 | 使用可(減量) | 禁忌/慎重 | 禁忌 |
スタチン併用 | 可(注意) | 注意(以前は原則禁忌) | 原則禁忌 |
TG低下率 | 45-50% | 30-40% | 30-40% |
HDL-C上昇率 | 20-25% | 10-20% | 10-15% |
排泄経路 | 胆汁 | 腎 | 腎 |
用法 | 1日2回 | 1日1回 | 1日2回 |
特記事項 | 肝機能改善作用 | 尿酸低下作用 | 安価 |
選択のポイント
- 腎機能低下例 → ペマフィブラート一択
- スタチン併用必要 → ペマフィブラート推奨
- 脂肪肝・NASH合併 → ペマフィブラート(肝機能改善作用)
- コスト重視 → ベザフィブラート(ただし使用制限多い)
🎯 併用療法の実践的選択
相乗効果のメカニズムを理解した上で、患者の背景に応じた最適な併用薬の選択と、段階的な治療強化の実践的アプローチを学びます。
患者背景別の併用選択指針
- 肥満患者:SGLT2阻害薬 or GLP-1受容体作動薬を優先
- 高齢者(75歳以上):DPP-4阻害薬で安全性重視
- 心血管疾患既往:SGLT2阻害薬 or GLP-1受容体作動薬必須
- 腎機能低下(eGFR 30-60):メトホルミン減量 + DPP-4阻害薬
- 経済的制約:SU薬低用量併用でコスト最小化
現代的治療アルゴリズム
段階1:メトホルミン単独療法
目標:HbA1c <7.0%
期間:3-6ヶ月で評価
用量調整:500mg→1000mg→1500mg(最大2250mg、腎機能による制限あり)
効果判定:HbA1c 1.0-1.5%低下を期待
段階2:2剤併用療法
メトホルミン + 以下から患者因子に応じて選択:
+ SGLT2阻害薬
適応:心血管・腎保護重視
効果:HbA1c 0.5-0.8%低下、体重2-3kg減少
特徴:心不全・腎症に保護効果
+ DPP-4阻害薬
適応:安全性重視、高齢者
効果:HbA1c 0.5-0.8%低下、体重中性
特徴:低血糖リスク最小
🚨 PROMINENT試験:期待と現実のギャップ
2022年:PROMINENT試験の概要
試験デザインと目的
- 試験名:Pemafibrate to Reduce Cardiovascular Outcomes by Reducing Triglycerides in Patients with Diabetes
- 対象:2型糖尿病+高TG血症(200-499mg/dL)+低HDL-C(≤40mg/dL)
- 規模:10,497例、24ヵ国、876施設
主要評価項目
主要評価項目:心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、冠動脈血行再建術の複合エンドポイント
期待:TG低下による残余リスクの軽減。スタチンでLDL-Cを管理しても残る心血管リスクを、TG低下でさらに減らせるという仮説。
PROMINENT試験の結果
主要結果
- 主要評価項目:ハザード比 1.03(95%CI 0.91-1.15、p=0.67)- 有意差なし
- TG低下効果:ベースラインから-26.2%(プラセボ-6.9%)
- HDL-C上昇:+5.1%(プラセボ+1.3%)
- 安全性:横紋筋融解症、肝機能障害、腎機能障害の増加なし
結果の解釈
TGを大幅に低下させたにもかかわらず、心血管イベント抑制効果は示されなかった。これは「TG低下≠心血管イベント抑制」という重要な教訓を残した。
一方で、安全性は確認され、従来のフィブラート系で懸念された副作用の増加は認められなかった。これはSPPARMαとしての安全性プロファイルの優位性を示した。
- 効果への過信:「効果的な薬の副作用は許容範囲」という風潮
- 因果関係の曖昧さ:糖尿病合併症との区別が困難
- 他の選択肢の不足:経口薬はビグアナイド系のみ
今後の展望:パルモディアの位置づけ
臨床現場での活用法
心血管イベント抑制効果が示されなかったものの、パルモディアには確実な価値がある
高TG血症の管理
腎機能低下患者やスタチン併用患者でも安全にTGを管理できる唯一の選択肢。
日本にCKD患者1300万人、スタチン使用者数百万人いる中で、安全な脂質管理の選択肢として重要。
肝機能改善効果
- NASH/MAFLD:肝脂肪量30%減少、線維化マーカー改善
- 作用機序:肝臓での脂質合成抑制、脂肪酸酸化促進
- 臨床データ:ALT、AST、γ-GTPの改善
- 期待:脂肪肝治療薬としての新たな位置づけ
研究課題と将来展望
今後の研究方向性
新たなエンドポイントの探索
- 糖尿病性腎症への影響
- 微小血管合併症への効果
- QOLや症状改善への寄与
ヨーロッパ(1978-1980年)
- 各国で段階的にフェンホルミン使用制限
- 最終的にほぼ全ての国で販売中止
- メトホルミンは慎重に継続使用を許可
日本(1977年)
- フェンホルミン使用中止
- ビグアナイド系全体を危険視
- メトホルミンの承認申請も却下
3つのビグアナイド系薬剤の運命
フェンホルミン
結末:世界的に販売中止
「最も効果的だったが最も危険」- 医薬品安全性の重要性を示す歴史的教訓に
ブホルミン
結末:段階的に使用停止
「中間的な存在」- 安全性への懸念から自然に市場から消失
メトホルミン
結末:ヨーロッパで慎重に継続使用
「効果は穏やかだが安全性が高い」- 乳酸アシドーシス発生率は1万人に0.03例(フェンホルミンの1/2000)
1980-1998年:メトホルミンの静かな復権
ヨーロッパでの地道な実績蓄積
ヨーロッパは腎機能正常患者に限定し、定期モニタリングを義務化。20年間で乳酸アシドーシスは極めて稀と確認された。体重中性の特徴と心血管リスク低下の可能性も明らかになった。
この実績により、1995年にアメリカFDAが18年ぶりにメトホルミンを再承認。適切使用での安全性が証明された。
なぜメトホルミンは安全だったのか
- 化学構造の違い:フェンホルミンより脂溶性が低く、組織蓄積しにくい
- 排泄経路:腎排泄が速やかで体内蓄積リスクが低い
- ミトコンドリア阻害:フェンホルミンの1/20程度の弱い阻害
- 半減期:6時間(フェンホルミンは13時間)
1998年:UKPDS試験 - メトホルミンの完全復活
画期的な臨床試験結果
UK Prospective Diabetes Study (UKPDS):20年間の大規模前向き研究
- 全死亡率:36%減少(他の糖尿病薬では見られない効果)
- 糖尿病関連死:42%減少
- 心筋梗塞:39%減少
- 脳卒中:41%減少
医学界の衝撃:「メトホルミンは単なる血糖降下薬ではなく、命を救う薬」という認識の大転換。
フェンホルミン事件から22年、メトホルミンは完全に復権し、糖尿病治療の第一選択薬としての地位を確立。
🇯🇵 日本44年承認遅延の完全な分析
1957年〜2001年:44年間の国際的孤立
なぜ日本は44年間メトホルミンを承認しなかったのか
1. フェンホルミン事件のトラウマ
- 日本でもフェンホルミンによる乳酸アシドーシス死亡例
- 「ビグアナイド系は危険」という強固な先入観
- 厚生省の極めて慎重な姿勢
2. SU薬の成功体験
- 日本発のトルブタミド・グリベンクラミドの成功
- 「SU薬で十分」という医学界の空気
- メトホルミンの必要性を感じない環境
3. 欧米データへの不信
- 「日本人には適用できない」という疑念
- 体型・食生活の違いを理由とした慎重論
- 独自の安全性試験要求
2001年:承認の転換点
3つの要因が日本の承認を決定づけた。UKPDSの20年追跡データが長期安全性を証明し、WHOや欧米ガイドラインでメトホルミンが第一選択薬となった。日本の「ガラパゴス化」への国際的批判が高まり、患者団体からも「最善の治療を受ける権利」を求める声が強まった。
2001年、ついに日本も承認に踏み切った。ただし250mg錠のみ、1日最大750mgという世界標準の3分の1の極めて慎重な承認だった。
2001-2010年:日本での慎重な導入と予想外の成功
段階的承認に見る日本の過度な慎重さ
2001年:グリコラン(GL)250mg錠の承認
250mg錠のみ、1日最大750mg。欧米標準(500-850mg錠、最大2,000-2,550mg)の3分の1という世界最低用量での承認。医師からは「こんな少量で効果があるのか」と懐疑的な声が上がった。
2010年:メトグルコ(MT)250mg・500mg錠の承認
- ようやく標準用量へ:500mg錠の登場(9年遅れ)
- 承認時の最大用量:1日1,500mg(まだ欧米より少ない)
- 大日本住友製薬が本格的に市場展開
- 2014年に増量:最大2,250mg/日へ(やっと世界標準)
用量制限の段階的緩和
- 2001-2010年:グリコラン最大750mg/日
- 2010-2014年:メトグルコ最大1,500mg/日
- 2014年以降:メトグルコ最大2,250mg/日(現在)
- 13年かけて:750mg→2,250mgへ(3倍に増量)
グリコラン時代(2001-2010年)の苦労
- 効果不十分:250mg×3回/日では多くの患者で目標達成困難
- 錠剤数の多さ:1日3錠でも750mgという少なさ
- 医師のジレンマ:「もっと増量したいが上限に達している」
- 患者の不満:「海外では2,000mg使えるのになぜ日本は?」
メトグルコ登場(2010年)のインパクト
- 処方の劇的変化:500mg×2回/日が標準処方に
- 治療成績の改善:HbA1c目標達成率が30%→60%に向上
- グリコランからの切り替え:1年で80%以上がメトグルコへ
- 医療現場の評価:「ようやくまともな治療ができる」
実際の結果:予想を裏切る安全性
- グリコラン時代(2001-2010):低用量でも乳酸アシドーシスは極めて稀
- メトグルコ時代(2010-):高用量でも安全性は変わらず
- 日本人での発生率:用量に関わらず1万人に0.02-0.04例
- 皮肉な結果:9年間の超低用量制限は全く無意味だった
2010-2024年:第一選択薬への急速な転換
使用実態の劇的な変化
処方数の爆発的増加
- 2001年:年間1万人(恐る恐る開始)
- 2005年:年間10万人(安全性確認)
- 2010年:年間100万人(急速普及)
- 2024年:年間400万人以上(第一選択薬)
適応の段階的拡大
- 2010年:高齢者(75歳まで)への使用解禁
- 2014年:軽度腎機能低下(eGFR 45以上)でも使用可
- 2019年:小児(10歳以上)への適応追加
- 2022年:妊娠糖尿病での使用検討開始
44年遅延がもたらした教訓と反省
失われた44年の代償
心血管保護効果から推定すると、10万人以上が防げたはずの心血管イベントを経験。安価なメトホルミンの代わりに高価な薬剤を使用し、医療費負担も増大。国際的な糖尿病研究からも取り残された。
日本の医薬品承認制度への影響
- 「過度な慎重さ」への反省:リスクゼロを求めすぎる弊害
- 国際共同治験の推進:日本人データに固執しない方向へ
- 患者アクセスの重視:ドラッグラグ解消への取り組み
- リスク・ベネフィット評価:ゼロリスクではなくバランス重視へ
現在の日本でのメトホルミンの地位
- 完全な第一選択薬:2型糖尿病診断時にまず考慮
- 医師の信頼:「なぜもっと早く使わなかったのか」が共通認識
- 患者満足度:安価で効果的、副作用少ない
- 今後の展望:老化抑制、がん予防など新たな可能性の研究
皮肉な結末:44年間の慎重すぎる姿勢は、結果的に何の利益ももたらさなかった。
むしろ多くの患者が最善の治療を受ける機会を失い、日本の糖尿病治療は大きく遅れを取った。
現在では「メトホルミンなしの糖尿病治療は考えられない」というのが日本の医療現場の共通認識となっている。
🧬 作用機序の全貌:67年間の解明の歴史
メトホルミンは「機序より結果」で67年間医学界に君臨する稀有な薬剤。
1957年の臨床応用開始から60年以上経った現在も、新しい作用メカニズムが発見され続けています。
第1段階(1957年〜1990年代):謎の血糖降下薬時代
完全なブラックボックス状態
分かっていたこと
- 血糖値が下がることは明確
- インスリン分泌促進なし
- 体重増加なし、低血糖リスク低
- 特に食後血糖改善
分からなかったこと
- 機序:全く不明(「ブラックボックス」状態)
- 標的:どこに作用するのか不明
- 代謝経路:体内での変化不明
- 分子基盤:科学的説明ができない
第2段階(1990年代):肝糖新生抑制の発見
初めての科学的解明
発見者:Stumvoll らの研究グループ
手法:安定同位体を用いた糖代謝追跡
結果:肝糖新生が30-50%抑制される
肝糖新生抑制の臨床的意義
正常時の肝糖新生:
- 空腹時:血糖の60-70%を供給
- 食後:糖新生は抑制されるべき
- 2型糖尿病:糖新生抑制不全→高血糖
メトホルミンの効果:
- 肝糖新生を正常レベルまで抑制
- 空腹時血糖の改善
- 肝インスリン抵抗性の改善
第3段階(2001年):AMPK活性化の発見
エネルギーセンサーの発見
発見者:Ming-hui Zou、David Carling ら
革命的発見:メトホルミンがAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化
AMPKの役割:細胞内エネルギーセンサー
AMPK活性化による多面的効果
代謝への影響
- 糖新生酵素遺伝子の発現抑制
- 脂肪酸合成抑制
- 脂肪酸酸化促進
- グルコース取り込み促進
細胞レベルの影響
- mTOR経路抑制(老化・がん抑制)
- オートファジー促進(細胞浄化)
- 炎症性サイトカイン抑制
- ミトコンドリア生合成促進
第4段階(2016年〜):ミトコンドリア複合体I阻害の詳細解明
分子レベルでの精密メカニズム
発見者:Viollet, Rutter らのグループ
メカニズム:メトホルミンがミトコンドリア呼吸鎖複合体Iを軽度阻害
結果:ATP/AMP比の低下→AMPK活性化
精密な分子経路
メトホルミンの分子標的:
ミトコンドリア複合体I(NADH脱水素酵素)↓(軽度阻害)
ATP産生軽度抑制 ↓
AMP/ATP比上昇 ↓
AMPK活性化 ↓
代謝リプログラミング
精密医療への道筋:分子レベルでの作用機序解明により、 個別化医療や新薬開発の基盤が確立。60年越しで科学的基盤が完成。
第5段階(2016年〜現在):腸内細菌叢への影響発見
腸内細菌叢研究の大転換
発見:メトホルミンが腸内細菌叢を劇的に変化させる
手法:メタゲノム解析による詳細な菌叢解析
衝撃:血糖改善効果の一部が腸内細菌由来
メトホルミンによる腸内細菌叢変化
善玉菌の増加
- Akkermansia muciniphila:3-5倍増加
- Bifidobacterium:2-3倍増加
- Lactobacillus:1.5-2倍増加
悪玉菌の減少
- Bacteroides fragilis:30-50%減少
- Clostridium:20-30%減少
産生物質の変化
- 短鎖脂肪酸(酪酸・プロピオン酸)増加
- LPS(エンドトキシン)減少
- GLP-1分泌促進物質増加
腸内細菌叢を介した血糖改善メカニズム
- 短鎖脂肪酸産生:腸管でのGLP-1分泌促進
- 腸管バリア機能強化:炎症性物質の侵入阻止
- 胆汁酸代謝変化:FXR/TGR5経路を介した代謝改善
- 腸肝軸の改善:肝臓での糖代謝正常化
現在進行中の研究:老化抑制・がん予防メカニズム、認知機能への影響、 個別化医療への応用など、67年経った現在も新発見が続く「生きた薬剤」。