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抗血栓薬 完全マスターガイド

血を固まらせない薬の使い分け

「動脈には抗血小板薬、静脈には抗凝固薬」-この基本原則の理由を理解すれば、複雑に見える抗血栓薬の選択が明確になります。白色血栓と赤色血栓の違いから、最新のDOACまで、抗血栓療法の全体像をマスターしましょう。

🤔 なぜ抗血小板薬と抗凝固薬の2種類が必要?

抗血栓薬を理解する鍵は、血栓の「色」にあります。動脈で形成される白色血栓と、静脈で形成される赤色血栓では、形成メカニズムが全く異なるため、それぞれに特化した薬剤が必要なのです。

白色血栓(動脈血栓)

形成場所:動脈(高速血流)

主成分:血小板

トリガー:血管内皮障害

疾患:心筋梗塞、脳梗塞

→ 抗血小板薬で対応
🔴

赤色血栓(静脈血栓)

形成場所:静脈(低速血流)

主成分:赤血球+フィブリン

トリガー:血流うっ滞

疾患:深部静脈血栓症、肺塞栓症

→ 抗凝固薬で対応

覚えておきたい基本原則

  • 高速血流(動脈)では血小板が活性化しやすい → 抗血小板薬
  • 低速血流(静脈)では凝固因子が蓄積しやすい → 抗凝固薬
  • 心房細動は心房内の血流うっ滞 → 抗凝固薬(静脈血栓型)
  • ステント留置後は血小板が活性化 → 抗血小板薬(DAPT)

🎯 薬剤はどこに効く?

抗血小板薬の作用点

血小板が活性化する主な経路は2つ:

1. TXA2経路

血小板内でアラキドン酸からTXA2(トロンボキサンA2)が作られる

→ アスピリンがこの生成をブロック

2. ADP経路

血小板が放出するADPがP2Y12受容体に結合

→ クロピドグレル等がこの受容体をブロック

抗凝固薬の作用点

凝固カスケードの重要ポイントをブロック:

多くの凝固因子
第Xa因子
リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンがブロック
トロンビン
ダビガトランがブロック
フィブリン(血栓の網)

ワルファリンは少し違う働き方:

ビタミンKを邪魔して、凝固因子の産生自体を減らす

📊 主要薬剤の特徴比較(参考)

抗血小板薬の比較

薬剤名 作用機序 効果期間 メモ
アスピリン COX-1
不可逆的阻害
7-10日 • 最も安価、豊富なエビデンス、低用量で効果
• 消化管障害、アスピリン喘息、小児のReye症候群に注意
クロピドグレル
(プラビックス)
P2Y12受容体
不可逆的阻害
5日 • プロドラッグ、ジェネリック有、広く使用
• CYP2C19多型(日本人20%効果↓)、PPIとの相互作用に注意
プラスグレル
(エフィエント)
P2Y12受容体
不可逆的阻害
7日 • より強力、遺伝子多型の影響少ない
• 出血リスク高い、75歳以上・体重60kg以下は減量
チカグレロル
(ブリリンタ)
P2Y12受容体
可逆的阻害
3-4日 • 可逆的結合、速効性、代謝不要
• 1日2回投与、呼吸困難15%、中止後の回復早い

DOAC(直接経口抗凝固薬)の比較

薬剤名 標的 特徴
ダビガトラン
(プラザキサ)
トロンビン
(第Ⅱa因子)
1日2回投与
• 腎排泄率80%(腎機能に注意)
• 食事の影響なし
• 特異的中和薬あり(イダルシズマブ)
• 消化器症状多い、カプセル剤(湿気注意)
リバーロキサバン
(イグザレルト)
第Xa因子 • 1日1回投与(服薬アドヒアランス良好)
• 腎排泄率35%
食後必須(特に15mg以上)
• CAD/PADにも適応拡大
• CYP3A4基質(薬物相互作用注意)
アピキサバン
(エリキュース)
第Xa因子 1日2回投与
• 腎排泄率27%(腎機能低下例で有利)
• 食事の影響なし
• 消化管出血少ない
• 高齢者で安全性高い
エドキサバン
(リクシアナ)
第Xa因子 • 1日1回投与
• 腎排泄率50%
• 食事の影響なし
• 日本発のDOAC
• 体重で用量調整(60kg未満は減量)
• がん患者のデータ豊富

❓ 薬学生のよくある疑問Q&A

実習や国試でよく疑問に思うことをQ&A形式でまとめました!

Q1: DOACが便利なのに、ワルファリンを使うことってあるの?

A: はい、以下の場合はワルファリンしか使えません!

🚫 DOACが使えない4つのケース
  1. 機械弁(人工弁)

    DOACでは血栓・出血リスクが増加(RE-ALIGN試験)

  2. 妊娠中

    DOACの安全性データ不足

  3. 重度腎不全(CrCl<15)

    DOACは腎排泄のため使用不可

  4. 抗リン脂質抗体症候群

    ワルファリンの方が効果的

💡 覚え方:「キニジン」(機械弁・妊娠・腎臓・抗リン脂質)

Q2: 抗血小板薬と抗凝固薬を併用することってあるの?

A: はい、実はよくあります!

1️⃣ 抗血小板薬同士の併用:DAPT(ダプト)

💊💊 アスピリン + クロピドグレル(または他のP2Y12阻害薬)

異なる経路で血小板をブロック → より強力な予防効果

いつ使う?

  • ステント留置後(PCI後)
  • 心筋梗塞後
  • 期間:通常3-12ヶ月
2️⃣ 抗血小板薬+抗凝固薬の併用

PCI後+心房細動の患者さん

🤔 なぜ併用?

  • ステント内血栓(白色血栓)→ 抗血小板薬が必要
  • 心房内血栓(赤色血栓)→ 抗凝固薬が必要

⚠️ ただし出血リスクが上がるので、期間を最小限に!

Q3: CHADS₂-VAScスコアが覚えられません

A: まず「年齢」と「脳梗塞既往」だけ覚えればOK!

🎯 実習で使える簡易判断法
  1. 75歳以上 → 2点(これだけで抗凝固薬開始!)
  2. 脳梗塞既往 → 2点(これも即開始!)
  3. 65-74歳 → 1点(もう1つリスクあれば開始)

この3つで判断の8割はカバーできます!

💡 その他の項目(各1点)

C:心不全、H:高血圧、D:糖尿病、V:血管疾患、Sc:女性

Q4: DOACの減量基準が複雑すぎます

A: 基本は「腎機能+もう1つ」と覚えよう!

薬剤 減量基準
アピキサバン
(エリキュース)
以下の2つ以上
・年齢≥80歳
・体重≤60kg
・Cr≥1.5
通常:5mg×2 → 減量:2.5mg×2
リバーロキサバン
(イグザレルト)
CrCl 15-49
通常:15mg×1 → 減量:10mg×1
エドキサバン
(リクシアナ)
以下の1つ以上
・体重≤60kg
・CrCl 15-50
・P-gp阻害薬
通常:60mg×1 → 減量:30mg×1
ダビガトラン
(プラザキサ)
考慮事項
・CrCl 30-50
・P-gp阻害薬
・高出血リスク
通常:150mg×2 → 減量:110mg×2

💡 ポイント:アピキサバンは「2つ以上」、他は「1つでも」減量!

Q5: プラスグレル20mgって多すぎない?

A: それは初回負荷投与(Loading dose)です!

Loading doseとは?

いつ使う?:急性冠症候群(ACS)やPCI時など、緊急で血小板阻害が必要な時

なぜ必要?:通常量では効果発現まで数日かかるため、初回に大量投与してすぐに治療域に到達させる

タイミング:PCIの前または直後、診断確定後できるだけ早く

プラスグレル(エフィエント)の用量

  • 初回:20mg(Loading dose)
  • 維持量:3.75mg/日

※ 5倍以上の差があるのは、急速に血小板機能を抑制するため

他の薬剤のLoading dose

  • クロピドグレル:300-600mg → 75mg/日
  • チカグレロル:180mg → 90mg×2/日

その他よくある疑問

Q6: リバーロキサバンだけなぜ食後?

A: 15mg、20mg錠は食事で吸収が改善されるため

  • 空腹時:バイオアベイラビリティ66%に低下
  • 食後:100%の吸収
  • ※ 10mg錠は食事の影響なし

Q7: クロピドグレルとPPIの相互作用って本当?

A: はい、CYP2C19を介した重要な相互作用があります

メカニズム

クロピドグレルはプロドラッグで、CYP2C19により活性代謝物に変換されて効果を発揮します。

一部のPPIがCYP2C19を阻害 → 活性代謝物が減少 → 血小板阻害効果が最大70%減弱

❌ 避けるべきPPI
  • オメプラゾール(オメプラール)
  • エソメプラゾール(ネキシウム)

強力なCYP2C19阻害作用

✓ 推奨されるPPI
  • ランソプラゾール(タケプロン)
  • ラベプラゾール(パリエット)

CYP2C19阻害作用が弱い

💡 実践ポイント:DAPT中は消化管出血予防のPPIが必須。必ずランソプラゾールかラベプラゾールを選択!

Q8: 周術期の中止期間が覚えられません

A: 作用機序と半減期から理解しよう!

🔵 DOAC(半減期で考える)

DOACの半減期:8-14時間

  • 低リスク手術:24時間前(約2-3半減期で血中濃度↓)
  • 高リスク手術:48時間前(約4-6半減期でほぼ消失)
  • 腎機能低下時:さらに+24時間(排泄遅延を考慮)

🟠 抗血小板薬(作用機序で考える)

  • アスピリン・プラスグレル:7日前
    → 不可逆的阻害、血小板寿命(7-10日)まで効果持続
  • クロピドグレル:5日前
    → 不可逆的阻害だが代謝物の影響で若干短い
  • チカグレロル:3日前
    → 可逆的阻害、薬がなくなれば効果消失