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初心者のための心不全完全マスター

HFrEFとHFpEFの実践的理解

心不全って何?HFrEFとHFpEFって何が違うの?なぜ女性と高齢者に多いの?
基本的な疑問から最新の治療戦略まで、初心者が知るべきすべてをわかりやすく解説します。

❤️ まず基本から:心不全とは?

心不全の定義

心臓が全身に必要な血液を送り出せなくなった状態

心臓のポンプ機能が低下することで、体の各臓器に十分な酸素や栄養が届かなくなります。

💡 重要ポイント

心不全は「病名」ではなく「症候群」です!
つまり、複数の症状が組み合わさった状態を指します。原因となる心臓病は様々です。

心不全の主な症状

  • 息切れ・呼吸困難 - 労作時から始まり、重症化すると安静時にも
  • 疲労感・倦怠感 - 全身への血流不足による
  • 下肢浮腫 - 体液貯留による足のむくみ
  • 夜間発作性呼吸困難 - 横になると息苦しくなる

🫀 左心不全と右心不全の違い

心不全はどこの心室に問題があるかによって、左心不全と右心不全に分けられます。

左心不全と右心不全の基本的な違い

項目 左心不全 右心不全
主な役割 全身に血液を送る 肺に血液を送る
うっ血が起こる場所 肺うっ血
(肺に血液が溜まる)
体静脈うっ血
(全身に血液が溜まる)
主な症状 • 呼吸困難
• 起坐呼吸
• ピンク色の泡沫状痰
• 下肢浮腫
• 肝腫大
• 頸静脈怒張
頻度 心不全の大部分 単独では比較的少ない

📝 このページで扱う心不全について

心不全は大きく分けて4つのパターンがあります:

  • 左心不全のHFrEF(収縮不全)
  • 左心不全のHFpEF(拡張不全)
  • 右心不全
  • 両心不全(左心不全+右心不全)

実際の臨床ではこれらが複雑に組み合わさることも多いですが、このページでは最も頻度が高い「左心不全」に焦点を当てて解説します。

※ 以下の解説は、特に断りがない限り「左心不全」についての内容です。

📊 HFrEF vs HFpEF:2つの心不全タイプ

心不全は左室駆出率(LVEF)によって大きく2つに分類されます。

左室駆出率(LVEF)とは?

Left Ventricular Ejection Fractionの略。心臓が1回の収縮で送り出す血液の割合。正常値は50〜70%。

HFrEFとHFpEFの基本的な違い

項目 HFrEF
(Heart Failure with reduced EF)
HFpEF
(Heart Failure with preserved EF)
駆出率 40%未満 50%以上
別名 収縮不全 拡張不全
基本的な問題 心筋の収縮力低下
血液を「押し出せない」
心筋の弛緩障害・硬化
血液を「受け入れられない」
心臓の変化 心室が拡大
壁が薄くなる
心室壁が厚くなる
心室が硬くなる

※ HFmrEF(駆出率40-49%)という中間型も最近分類されました。

🔬 病態生理をイメージで理解しよう

HFrEF(収縮不全)

💔

「ポンプが弱い」

メカニズム
  • 心筋収縮力の低下
  • 心室の拡大(代償機転)
  • 壁の菲薄化
  • 1回拍出量の減少

HFpEF(拡張不全)

🫀

「部屋が狭い」

メカニズム
  • 心筋の弛緩障害
  • 心室壁の肥厚
  • 心室の硬化(コンプライアンス低下)
  • 拡張期充満圧の上昇

👥 誰がなりやすい?性差・年齢差の理由

HFrEF
👨

男性・比較的若年者に多い

主な原因疾患
  • 虚血性心疾患(心筋梗塞)
  • 拡張型心筋症
  • 弁膜症
  • 心筋炎
なぜ男性・若年者?
  • 男性は女性より10-15年早く冠動脈疾患を発症
  • テストステロンが動脈硬化を促進
  • 喫煙率・飲酒量が男性で高い
  • ストレス反応の性差
HFpEF
👵

女性・高齢者に多い

主な原因疾患
  • 高血圧性心疾患
  • 糖尿病
  • 肥満
  • 加齢
なぜ女性・高齢者?
  • 閉経後のエストロゲン低下
  • 女性は圧負荷に肥厚で反応しやすい
  • 加齢による心筋の線維化・硬化
  • 女性の長寿(複数慢性疾患の蓄積)

📈 今後の予測

高齢化社会の進行により、HFpEFは今後さらに増加すると予想されています。
現在すでに心不全の約半数がHFpEFであり、その病態解明と治療法開発が重要な課題です。

🩺 症状の違いとHFpEF診断の難しさ

症状の特徴的な違い

HFrEF

  • より重篤な症状が出やすい
  • 安静時の息切れが強い
  • 冷汗、チアノーゼ
  • 起坐呼吸(座らないと呼吸困難)

HFpEF

  • 労作時の症状が主体
  • 高血圧の既往が多い
  • 肥満との関連が強い
  • 心房細動の合併が多い

❓ HFpEF診断はなぜ難しい?

1. 特有的な自覚症状がない

「なんとなく調子が悪い」「疲れやすい」など非特異的な症状ばかりで、診断の決め手になりません。

2. 他疾患との鑑別が困難

COPD、貧血、甲状腺疾患など似た症状を示す疾患が多く、特に高齢者では「年のせい」として見過ごされがちです。

3. 検査所見も非特異的

駆出率は正常(50%以上)、BNP上昇も軽度。心エコーでの詳細な拡張能評価など、総合的な判断が必要です。

💊 治療戦略の大きな違い

HFrEFとHFpEFでは、治療薬の選択肢とエビデンスに大きな差があります。
HFrEFには「死亡率を改善する」明確なエビデンスを持つ薬剤が複数存在するのに対し、 HFpEFは長年「効く薬がない」と言われてきました

しかし、2021年以降、SGLT2阻害薬を中心に状況は大きく変わりつつあります。
それぞれの現在の治療戦略を見ていきましょう。

HFrEF治療

✅ エビデンスが豊富

Fantastic Four(4本柱治療)

  1. ACE阻害薬/ARB/ARNI
    レニン・アンジオテンシン系阻害
  2. β遮断薬
    交感神経抑制
  3. MR拮抗薬
    アルドステロン拮抗
  4. SGLT2阻害薬
    心腎保護作用

→ 死亡率を大幅に減少

その他の治療

  • 利尿薬(症状緩和)
  • イバブラジン(心拍数調整)
  • デバイス治療(CRT、ICD)

HFpEF治療

⚡ 治療選択肢が限定的だったが、最近進歩

エビデンスのある治療薬

  1. SGLT2阻害薬
    最も強いエビデンス(2021年〜)
  2. MR拮抗薬(フィネレノン)
    心血管イベント減少
  3. 利尿薬
    症状緩和(うっ血改善)

原疾患の治療が重要

  • 高血圧の管理
  • 糖尿病の管理
  • 肥満の改善
  • 心房細動の治療

💡 注目:SGLT2阻害薬は両方の心不全で有効!これは画期的な発見でした。

📚 心不全治療薬の詳細(薬学生向け)

1. SGLT2阻害薬

代表薬

なぜ心不全に効く?

  • 利尿作用による前負荷軽減
  • 心筋エネルギー代謝の改善
  • 炎症・線維化の抑制
  • 交感神経活性の抑制

2. ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)

代表薬

作用機序

  • ARBとネプリライシン阻害の合剤
  • ナトリウム利尿ペプチドの分解を阻害
  • 血管拡張・利尿・抗線維化作用

注意点

ACE阻害薬からの切り替えは36時間以上の休薬期間が必要
(血管浮腫のリスク)

3. MR拮抗薬の新展開

新規MR拮抗薬

フィネレノン(ケレンディア®)

2025年ガイドラインでHFpEFに対してClass IIaで推奨。非ステロイド型MR拮抗薬として心血管イベント減少効果が期待される。

🏥 実臨床での課題:高齢女性でのSGLT2阻害薬使用(管理人の個人的な見解)

HFpEFに対してSGLT2阻害薬は有効ですが、主な患者層である高齢女性での使用には課題があります。

📊 実臨床データが示す現実

1年継続率
60%(他の糖尿病薬より低い)
女性の中止リスク
2.5倍(男性と比較)
10%以上の体重減少
21%(3年間使用で)

中止理由と対策

尿路感染症・性器感染症

頻度:女性で11-17%

対策

  • 陰部の清潔保持指導
  • 排尿後の拭き方指導
  • 早期発見・早期治療

体重減少・サルコペニア

問題:高齢者で平均4.7kg減少

対策

  • 体重の定期的モニタリング
  • 栄養指導の併用
  • 筋力トレーニング推奨

脱水・起立性低血圧

リスク:高齢者は症状を自覚しにくい

対策

  • 水分摂取量の確認
  • 血圧の定期測定
  • シックデイルールの徹底

📝 症例で学ぶ心不全治療

症例1:HFrEF患者

患者背景

患者:62歳男性、心筋梗塞後
LVEF:32%
症状:労作時息切れ(NYHA II)

治療方針

Fantastic Fourの早期導入

  1. エナラプリル 5mg → エンレスト® 100mgへ変更
  2. ビソプロロール 2.5mg開始 → 漸増
  3. スピロノラクトン 25mg追加
  4. フォシーガ® 10mg追加

モニタリング項目

  • 血圧、心拍数
  • 腎機能(Cr、eGFR)
  • 電解質(特にK)
  • BNP値の推移

症例2:HFpEF患者

患者背景

患者:78歳女性、高血圧・糖尿病あり
LVEF:62%
症状:労作時息切れ、下腿浮腫

治療方針

原疾患管理 + SGLT2阻害薬

  1. 血圧管理:アムロジピン継続
  2. 利尿薬:フロセミド 20mg(症状時)
  3. ジャディアンス® 10mg追加
  4. 体重管理・塩分制限指導

⚠️ 注意点

  • 高齢女性 → 尿路感染症リスク
  • やせ型 → 体重減少に注意
  • 水分摂取量の確認

📌 まとめ:薬学生が押さえるべきポイント

1. 心不全の基本理解

  • 心不全は「症候群」であり病名ではない
  • LVEFによりHFrEF/HFpEFに分類
  • 病態生理が全く異なる2つのタイプ

2. 疫学的特徴

  • HFrEF:男性・若年者(虚血性心疾患)
  • HFpEF:女性・高齢者(高血圧・糖尿病)
  • 今後HFpEFが増加予定

3. 治療の違い

  • HFrEF:Fantastic Four(予後改善)
  • HFpEF:SGLT2阻害薬が画期的
  • 原疾患管理の重要性

4. 実臨床での注意

  • HFpEF診断の難しさ
  • 高齢女性でのSGLT2阻害薬の課題
  • 個別化医療の必要性

📚 参考資料